PEACE MAKER

□服の話(おしまい)
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結局新しい服は購入できなかった。

月曜日、沙夜にそのことを話すと、

「じゃあ私の服を貸してあげるから、前の日に泊まりにおいで。」

とニッコリ(そう打ち込んだスマホを片手に)微笑んでくれた。

それが今日。

ネズミーランドにも乗り換えなしで行ける沙夜の家は少しだけゆっくり寝られるという利点もある。
駅前で一緒に夕飯を済ませてお風呂から上がった私たちはベッドの上に服を並べて明日の作成会議だ。

「んー…これは少しヒラヒラが多い…」

沙夜の服はとにかく可愛い。パステルカラーだったりフレアだったりお花柄だったり、正直私とは正反対だ。
着るまでもなく似合わないだろうな…と思う服をそっと左に避けていたらいつのまにか目の前からほとんどなくなっていた…がっかり。
横で自分のことのように一緒に首を捻って考えてくれる沙夜に思わずギュってしたくなる衝動を抑える。
そんなことしたら鉄之助君に怒られる。

「候補はこれと…これ?」

残った2着(2着!!)を順番に腰に当ててみる。沙夜はその度に満面の笑みでパチパチと手を叩いてくれる…が……。
…うーん、どちらもピンとこない…。

私が変な顔をしてるからか、申し訳なさそうに眉をハの字にしてこちらを見上げる。
いやいや、沙夜じゃなくて似合わない服が多い私が悪いんだよーと、頭を撫でくりまわす。

「一応さ、家から持ってきたんだよね。」

そう言って唯一持ってる私服と言っても過言ではない、ジーンズを取り出す。
まぁ最悪これでも、ね……

ますますハの字をキュッと寄せた沙夜が他に何かなかったかなとクローゼットを開ける。

「あのさ、こんなのもあるんだけど…」

私は沙夜を呼び戻してカバンから大きめの紙袋を取り出した。
中にはまだビニールも切っていない新品の服が1着。

「歩姉に大学入学祝いってもらったんだけど…」

まだ私も中を見てない服だが2人で一緒に封を開ける。このブランド、この前烝と行ったところじゃんか…。
真っ黒なミニのプリーツスカートが入っていた。

「うわ…すごい短いな…やっぱり辞めようかな!」

思った以上にレベルの高かったスカートに、アハハと笑ってごまかしてカバンに突っ込む。
その手を沙夜は慌てて止めて、今まで以上に熱心にパチパチと手を叩いた。
…可愛すぎるよ〜沙夜。
ただ着るかどうかは別の話。

「あー、でもこれ『ウチか烝と出かける時に着てな♡』って言われてて…」

なんとか言い訳を探してモゴモゴと口を動かしていると、沙夜のスマホが鳴った。

ごめんね、と手を合わせてスマホを確認する沙夜。
パァッと明るい顔をしたかと思えばニコニコと返信を打っているので相手は鉄之助君だ、絶対。

暫くしてスマホを傍において、沙夜は私の手を掴んだ。
大丈夫、と言わんばかりにウンウンと頷くと先程の黒いスカートを指差して、両手で小さな丸を胸の前で作った。





翌朝、ネズミーランドの最寄駅の改札を抜けると、先に着いて待っていた鉄之助君がブンブンと大きく手を振っていた。
その横には…


「烝!?」

鉄之助君の横で本を読んでいたのは辰之助さんではなかった。
黒いスキニージーンズと白いポロシャツ。シンプルなんだけど、襟にラインが入ってたりと、やっぱりなんかカッコいい。

烝はこちらをサッと上から下まで見ると無言でツカツカと歩み寄ってきた。
…クッ、なんでいるのか知らないけど似合っていないと笑うなら早く笑え!
自分でもスースーする足元が違和感あるんだから。


「ちょい短過ぎ。」


私の後ろに回った烝は、背中越しに自分の腕を私の前にまわす。
耳のすぐ横で聞こえる声に一瞬心臓がドクッと大きく跳ねる。


「これはっ!歩姉がくれたやつで!!」
「ほう、文句はあいつに言えばええんやな。」
「そうじゃないけど!つーか何でいるわけ!?」
「代わった。」
「はぁ!?」
「辰之助はお腹が痛いんやと。」
「嘘つけ!」
「よろしく言うとったわ。それよかこの服…」
「歩姉にもらったの!文句ある!?」
「さっきも言うとったやないか…よう似合うとるよ。」
「サラッとお世辞どうもありがとございます!?」


ギャアギャアと(主に私が)騒いでいるのを、駅の利用者達は変な目で通り過ぎていく。
意に介していないのは自分たちの世界に夢中な、これからネズミーランドに旅立つカップル達くらいだ。


暫く様子を見ていた鉄之助君が「なーんか、」と声をかける。


「いつの間にか2人付き合ってたんだな。」


とんでもない発言に自分たちの口論を放り出してそちらを振り向く。


「付き合ってないけど!?」
「鉄之助、お前頭大丈夫か。」
「えー?沙夜もそう思わねぇ?」


沙夜は鉄之助君の隣でウンウンと一生懸命首を縦に振っている。
そんなとこ従順じゃなくて良いんですが!?

そんじゃあ行こうぜ、と鉄之助君が沙夜と並んで歩き出した。

「来ちゃったのはしょうがないなぁ。今日は2人の仲をバッチリ応援しようね!」

振り返ってそう言って、私も2人の後を追いかけようと一歩踏み出したら、後ろから力強い左手が伸びてきた。

「アホ、どこに3人くっつくやつがおんねん。」


そのまま私の右手を掴むと、ゆっくり歩き始めた。


「俺らは俺らでゆっくり回ったらええやろ。…まずはそのださい上着を着替えるところからやな。中でTシャツ買うで。」



意地悪な笑顔でそう言うと、半歩先を歩き始めた。

ついこの間と全く同じ状況だけど、今日の気持ちは晴れ晴れしていた。
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