PEACE MAKER

□お宅訪問の話
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お宅訪問の話

「はぁ!?6人????」




花の声が部屋中に響き渡る。

鍋をかき混ぜていた手を止めて振り返った花はものすごく、嫌そうな顔をした。

「いつ…?」
「来週末。」
「ちょっと…急過ぎません…?」


烝はリビングに散らばっている雑誌を拾いながら続ける。

「片付けと買い出しは俺やるから、料理作るん手伝うてくれへん?」

烝の職場の人たちは大層仲がよろしい。

仲がよろしいので、定期的に誰かの家に集まっては宅飲みをしている。
それが今回はなぜか我が家で開催されることになったらしい。

でもいっつも上司の人たちの家に行ってるのに…
二人が同棲することになってから借りたこの部屋は少し都心から離れているためそれなりには広いけれど、でも6人もお客さんを迎えたらいっぱいになってしまいそうだ。

「それ私出かけてちゃダメなわけ…?」

烝の上司達がたくさん来るというのはなんだか落ち着かなさそうである。
料理はちゃんと手伝ってから出てくので…

「おって欲しいって言われたんやけど。」
「なんで⁉」
「さぁ。」
「えー…」
「あ、お沙夜来んで。鉄之助が連れてくるて。」
「沙夜ちゃん?あー…」

沙夜と鉄之助と花は烝も入れてよく遊ぶ間柄だ。

「花おらんかったらお沙夜居づらいやろうからおってくれへん?」

ラックに雑誌を片付けて台所に入ってきた烝は手際良く食器棚から食器を並べ始めた。
ダメ押しで花の頭にポンと手を乗せると「頼むわ。」と一言付け加えた。

…正直私より烝が料理作る方が良いに決まってるんだけどな…

そう思いながら花はため息と一緒に出来たばかりのシチューを食卓へと運んだ。






「こんなもん?」


問題の週末。
たくさん揚げた唐揚げをお皿に盛って花は烝を振り返った。

「ええんちゃう?」
「あとは?」
「オリーブオイルとって。」

フライパンでトマトソースをクツクツ煮込む烝が右手を差し出した。

「味見してあげよっかー?」
「火傷せんとき。」

烝はティースプーンに少しだけソースをすくってフーと息を吹きかけると、花の口に運んでやる。

「うまっ。」
「ほな、これももうええわ。」

烝がサロンエプロンを解いたところでちょうどインターホンが鳴った。
普段はスーツを着ている烝は休日も色こそつくもののシャツを着ることが多い。
紺色のシャツにサロンエプロンの烝はどこかのカフェで働いているのかと思うくらいに似合っていた。花は機能性重視の胸エプロン。全くの余談だがこれはお互いが相手のものを強い希望で選んできたのである。烝は本当は胸ポケットからクロネコがちょこんとのぞいているデザインのものをプレゼントしたかったのだが「子どもっぽすぎる!」と花の強い反対にあったので裾に小さくクロネコが散歩してるデザインで手を打つことになった。
2人で顔を見合わせる。

「来たみたいだね。」
「下まで迎えに行ってくるわ。」

烝はそう言って杢グレーのパーカーを羽織って玄関を出て行った。
エレベーターを降りた下のエントランスでは永倉、藤堂、原田の3人が待っていた。

「よー山崎!」
「迷いませんでしたか?」
「楽勝でショ。」
「今日は世話になるぜ。」
「いえ、遠いところありがとうございます。」

エレベーターホールへと歩きながら案内する。

「ところで烝の彼女、いるんでしょ?」
「はぁ、おりますが。」
「楽しみだなぁ!なんせ烝gッ…」

原田が何かを言いかける前に、永倉の肘が腹に飛んできた。
これは原田でなければうずくまって涙を流すレベルだ。

「左之ーなーに言っちゃってんノ!」
「頭だけじゃなくて口も軽いのか左之!」

烝は後ろでギャアギャアと騒ぐ3人を気に留めずに、部屋の玄関ドアを開く。

「いらっしゃいませ。」

花がひきつりまくった笑顔で立っていた。
(そういやこいつ人見知り激しいんやったな…)と知り合ったばかりの頃を思い出してしまった。
あの頃は愛想の悪い烝と人見知る花の距離はそれはもう…広かった。

「「おじゃましまーす!」」

元気の良い3人が室内に入ると一気に部屋が明るくなった。
リビングのテーブルの周りに座って改めてお互いを紹介する。

「お三方、辻村です。」
「あ、はじめまして、辻村です。」
「こちらは上司の永倉さん、原田さん、藤堂さんや。」
「あ、あの、いつも烝がお世話になってます。」

淡々と紹介を終える烝と一々ペコペコする花に藤堂がしびれを切らす。

「かてぇ!何だよ固すぎるわ!そんなかしこまらなくて良くねぇ?休みだぜ!?」
「しかし上司ですし…」
「いいでしょーが別にそこは無礼講で!」
「山崎はガードが固いんだよなぁそんな警戒しなくてもとって食やぁしないって。」
「飯は遠慮なく食うけどな!」

3人が口々に喋りだす。
普段花はともかく烝は殆ど大きな声で喋ることがないのでこの部屋がこんなに賑やかなのは変な気分だ。

「たくさんご飯作りましたよ。お口にあうか分からないですけど。」

花が立ち上がって台所に向かう。

「おう!楽しみにしてたんだぜ!」
「何か手伝うことあるー?」
「大丈夫ですよ、ゆっくりしててください。」
「かー!優しい!ねぇ、なんて呼んだらいい?」
「え、どうとでも…呼びやすいように。」
「じゃあ下の名前は?」
「花です。」
「花ちゃんね!」

台所の入り口で勝手に距離を縮める藤堂が気になって仕方ないのか烝はチラチラと視線をやる。

「そんな怖い顔しなさんなって。」
「いつもこんな顔です。」

既に面白くて仕方ないといった様子で永倉は烝をニヤニヤと見ている。

「鉄君たちは少し遅くなるみたいだから先始めちゃいましょーヨ。」

永倉がスマホを確認して台所の藤堂に声をかける。

「おっけー、あ、お土産持ってきたんだったわ。花ちゃんこれ後で食べよーね。」
「ありがとうございます!シュークリームですね、甘いものは用意してなかったので助かります。」
「俺と新八からは酒持ってきたぜ。」

永倉が台所までやってきて重そうな袋を見せた。

「ま、自分達が飲むためにだけどネ。」
「重いのにすみません。」

受け取ろうとしたビニール袋いっぱいの瓶を烝が横から奪う。

「冷やしておくものありますか?」
「んーこれとこれはみんな来てからだなぁ。」
「かしこまりました、あとは向こうに置いておきますね。」

2本だけ花に渡して残りはリビングへと引き返した。

花の隣でヒュウと小さく呟く藤堂はコソッと花に耳打ちをした。

「烝いっつもあんな感じなの?」
「え?…あんな感じとは?」
「愛されてるねー。」
「えっ!?」

花から受け取ったグラスを持ってご機嫌でリビングへと藤堂が戻る。

少しメンバーは少ないが乾杯の音頭が響く。






……早い。


目の前から手品のように次々と消えていく食べ物を見て花は呆気にとられた。
男兄弟のいない環境で育った上に、共に暮らす烝もそんなにたくさん食べる方ではない。
成人男性の食欲ってこんなにすごかったんだ…と感心した。
通りで前日買い出しから帰ってきた烝が両手いっぱいに食材を持っていたわけだ。
しかも腹持ちの良いメニューばかり…


普段はそんなに食べない烝も3人に勧められるままにお酒を干し、つまみの唐揚げを口に運ぶ。
食べないだけで食べようと思えば入るんだなぁ…と烝も男の子だということを改めて実感する。

最初のお皿が空っぽになる頃、烝のスマホが鳴った。

「はい。」
『あ、烝ーっ?俺!』
「花、鉄…っすけからや。」

唐揚げを頬張っていた烝は花にスマホを託した。

「あ、もしもし鉄君?花です。」
『花!今下ついたから玄関開けてよ。』
「はーい。」

「着ひたって?」
「うん、インターホン鳴らせばいいのにねっ。」
「そこまで考えてへんやろ。」

エントランスの開錠ボタンを押しながら答える。
程なくして、玄関のチャイムが鳴ったので花は立ち上がった。

「鉄君遅いよっ、もうみんながご飯食べちゃ…」

そう言いながらドアを開けるとそこに立っていたのは見知らぬ男性だった。

「あ…。」

烝よりも少し背の高い、不機嫌なのかデフォルトなのか分からない渋い顔…正直めちゃくちゃ…

「…かっけぇ…」

心の声が出てしまった。

「ちょっと土方さん後ろつかえてるんすけど?」
「お前が俺を1番前にするから、固まっちまったぞ。」
「え?花、どうした?」

土方の後ろから顔をのぞかせた鉄之助が不思議そうな表情をしている。

「えっ、あ!えっと!いらっしゃいませっ…」
「今日は世話になる。土方歳三だ、お嬢さん。」

お嬢さん!?…呼び方までかっけぇ…
正直烝といいこの男性といい顔がドタイプ過ぎるのだ…
土方さんから上着を預けられ(休日出勤だったのかスーツだ…私はスーツの下にベストを着込む男性がこの世で1番セクシーだと思ってる)、半分呆けたまま奥へと案内した。

後から合流組の土方、鉄之助、沙夜は永倉達に呼ばれてテーブルに着いた。
花はこそこそと烝の陰にかくれる。

「何?」
「いや、ちょっと、直視するのはしんどいから…」
「は?」

烝は怪訝な顔をして、花を自分からひっぺがした。
こいつがくっついてると右斜め前あたりからの視線が…生温い。

「いやぁ、楽しいねぇ。」

ずっとニヤニヤニコニコしている永倉がもう何度目か分からない台詞を口にする。
むず痒い気持ちになっているところを鉄之助の大きな声が現実に引き戻した。

「あー!最後の一個食った!」
「早いもの勝ちだぜ。」
「お前ら先に来てたんだからちょっとは遠慮しろよなあ!」
「そんなの関係ないでショ。」

ギャアギャアと騒ぐ男子達に苦笑して花は台所に追加の料理を取りに立った。
ツンツンと袖をひっぱられて振り返ると、沙夜が立っている。
お皿を指差して、自分を指差して、首を傾げる。
…かわいい〜〜!!!

沙夜の仕草にキュンキュンしながらお手伝いをお願いすることにした。
そういえば沙夜に会うのは一月ぶりくらいか。
久しぶりの親友の姿にほんわかした気持ちになる。

沙夜と花は追加の料理を作りがてら一時離脱して台所から男達の様子を伺う。
お酒のかわりに紅茶を入れて、唐揚げや角煮のかわりにクッキーをつまみながら女子トークの始まりだ。

「最近鉄君とどこか行った?」

コクリ。

「いーなー!どこいったの?」

沙夜がスマホをスイスイと操作して見せてくれたのは花に囲まれる鉄之助だ。

「あ、ここ河津桜!いいねぇ。春っぽーい!」

ニコニコと頷く沙夜はこちらに掌を向けてまた首を傾けた。

「私?私はないなぁ。…あ、でもこの前夜に烝迎えに行った時にこの辺散歩したんだ。そこでこれ、見つけたよ。」

花もスマホの中から写真を探し出す。
真っ暗な闇にボウッと浮かび上がる白い梅の花。
ニコッと笑って小さく手をパチパチと叩いた沙夜は何か閃いたのか手を打って、何やら検索し始めた。

「あ、これ来月?」

沙夜は桜で有名な公園のホームページをこちらに見せて、花、沙夜の順番で指を指した。

「一緒に行こうって?」

コクコク、とうなづいて、続けてリビングの方を指差す。
鉄君と、烝かな?

「4人で?いいね!行こう行こう!!」

沙夜はニコッと微笑むと、鉄之助のもとにかけていってスマホを見せてこちらを指差した。
鉄之助がこっちを見て大きくマルを作ってみせる。
花も手でマルを作って答えた。

台所から鍋いっぱいのお湯が沸く音がしたので料理を作りかけていたことを思い出した。
鍋でパスタを茹でて、隣のコンロにさっき烝が作っていたトマトソースをかけて温め直す。
麺が茹で上がる頃に、ちょうどソースもクツクツといい匂いを出し始めた。
茹でた麺とソースをあわせて、フライパンいっぱいのトマトパスタが完成だ。

仕上げに少しタバスコを振って(烝が大好きなんだけど私はそこまで得意じゃないのでちょっとだけ)、フライパンごとリビングに持っていくことにした。

「皆さんまだ食べられますか?これとあとおにぎりもあるけど…」

言い終わらないうちに鉄之助が

「勿論!」

と立ち上がる。

「じゃあ持ってくるよ。烝、ちょっと横ごめんね


烝と藤堂さんの間に膝をついてテーブルにフライパンを置く。
立ち上がろうとしたら、腰にトンっと軽い衝撃。見下ろすと烝が花の腰あたりに頭をもたれかからせていた。
相当飲んだのか顔は赤くなっていて目もトロンとしている。

「烝、たくさん飲んだの?」
「…ん。」

声まで眠そうな烝が花を見上げた。


「眠そうだね。少しお休みする?」
「んー…せーへん。」

よしよしと右手で耳の上あたりを撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。
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