PEACE MAKER
□第一印象
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「相手の第一印象は?」
そう聞かれて照れ臭そうに「優しそうな人だなって」と答えたウェディングドレスの従姉妹のおねーちゃんがとても可愛く見えた。
もしも私がそう聞かれたらこう答えるしかないのだろう。
「顔が良いなって。」
月末の金曜日。
私はもうクタクタに疲れていた。
電車で座席は確保できないまま各停での帰宅。
夕飯を買いにコンビニに入るのすら億劫で、なんならもう食べなくてもいいから1秒でも早く寝たい。
爪先をブラブラとさせてパンプスを脱ぎ、かろうじてスーツのスカートとジャケットを脱いでからソファに倒れ込んだ。
あ、これもう朝まで起き上がれないやつじゃん…
睡魔に抗えきれず目を閉じようとした時、インターホンが鳴った。
出て行く気力なんてあるわけがないのでまだ動く元気を持っていた指先でスマホを操作する。
LINEを開いてスタンプを1つ。
何を送ったかはよく見てないので分からない。
◆
インターホンを鳴らしたところ、返事の代わりにLINEが鳴った。
画面を開くと、「花がスタンプを送信しました」のメッセージ
白目を向いたカモノハシが「無念…」と大の字で寝転んでいる。
…どこにこのスタンプを使う場面があんねん。
とにかく部屋の中にいるらしいことは分かったので合い鍵を使って部屋に入る。
脱ぎ散らかされたパンプスを飛び越えるようにまたぎ、適当に置いたために中から書類が雪崩出ている鞄を立てかけてやる。
リビングのソファに横たわる花を見て、烝はため息をついた。
シワにならないようにスーツを脱いだのは褒めるべきところなのか、シャツ一枚で寝っ転がっている無防備さを注意すべきなのか。
…だいたい、今日俺が来ること分かっとるやろ。
脱ぎ散らかしたスーツを拾ってハンガーにかける。
少し暖かさが残るスカートの熱をパンッとその雑念も共に叩いておいやる。
「…ありがと…。」
限界までひそめられた眉とほぼ開いていない目で、いつもよりうんと低い声がボソリと聞こえた。
部屋の照明が眩しいのか、今にも落ちそうな意識を保つことに一生懸命なのか、呻き声と言った方が適切だったかもしれない。
烝は花の両腕を引っ張り上げ、無理やり上体を起こさせた。
「いや………もうこのまま寝させて………」
「あかん。」
ピシャリと花の言葉を遮り、リビングテーブルに置かれていたメイク落としシートを手渡す。
「無理無理…もう限界……」
シートを握ったまま呻き続ける花の頭部に手刀を入れ、花の顔にシートをベシャッと貼り付けた。
「冷た…」
「いっそ風呂行ってこい。」
「やめて1番ハードル高い…」
シートごと両手で顔を覆う様は不気味だ。
しかし、幾分かさっぱりして眠気が飛んだのか、ノロノロと立ち上がって風呂場へと消えていった。
烝の言うことは聞いておかないと余計面倒なことになる。
◆
風呂場にたどり着いた花の背中に烝の声がかかる。
「夕飯は?もう食べたん?」
「まだです…」
「俺も食うてへんから冷蔵庫のもん使うてええ?」
「どうぞー。」
どうせ冷蔵庫の中身自分じゃ使わないですから。
適当に作った中華スープが出来上がった頃、花が風呂から上がってきた。
「いらっしゃいー。」
風呂に入って目が覚めたのか、先程の死にそうなカモノハシみたいな声ではない。
「お邪魔してます。」
「はいどーぞどーぞー。」
よく分からないやりとりを交わしながら烝はダイニングテーブルにスープと、買ってきていた惣菜を並べた。
「あ、食べる前に玄関の靴揃えとき。」
「えー、今ー??」
ぶうぶう言いながら玄関に向かう。
本当小姑か何かか。
「いただきまーす。」
食べなくてもいいから寝たい、と思ってた割にお風呂に入ると食欲も戻ってきた。
あと寝るだけだと分かってるから気が楽なのかな?
ただ、そんな私の思考を読んだのか、向かいから「食ってすぐ寝るとか、ありえへんで。」と釘が刺された。
「あんた本当にうるさいな。」
「ちゃんとしてへんのが悪い。」
正論を叩き返され黙ってスープを飲み干す。
今日夕飯食べてるのは烝のおかげだから、まぁ…
食べ終わった食器を流しに持っていく。
リビングでくつろいでいた烝がテーブルの上に広げられていたそれに気づいた。
「あ、それね、懐かしくてみちゃってた。」
大学生の時に友人から贈られたバースデーのサプライズアルバム。
飛び出す絵本みたいにいろんな写真が出てくるやつ。
器用な親友の手の込んだプレゼントだった。
「懐かしいよねぇ、ほら、これ歩だよ。」
黙って仕掛けを一つずつめくる烝の横に座って一緒になって写真を眺める。
◆