PEACE MAKER

□服の話(その6)
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あれは本当にちょっとした出来心だった。
中学に入り、特にきっかけとかはなくて、でも男の子と話すことが少なくなったなぁと思うようになった。
その代わり、あの子がかっこいいとか、誰かが付き合いはじめたとかそんなことが話題にのぼるようになった。

かく言う私もサッカー部の一つ上の先輩に熱をあげていて、移動教室で先輩の教室の前を通るだけでもキャーキャー言ってた。
今思うとなんか恥ずかしいような…。

そんなあの頃は部活が終わって学校から帰ると自分の家よりも先に隣家、山崎家に寄るのが日課だった。
歩姉と一緒にテレビを見たり、仕事が遅くて会えない日はリビングでゴロゴロと漫画を読んで過ごしたり、とにかく入り浸っていた。
烝とは、別に約束してるわけではないけれど、何となく一緒に山崎家に向かった。
でも帰り道何か話すとか、家に帰ってから烝と一緒に宿題したりするとかそんなことは一切ないのだけれど。

そんなものだから中学三年生も終わりに近づいたある日、誰かが言い出した。

「花ちゃんと烝君は付き合ったりしないの?」

クラスの中で烝は一匹狼状態で、正直言って謎、授業中の受け答え以外で喋っているのを見たことがない、そんな評価だった。
男子とも女子とも喋らない。
かといってクラスの輪を乱すこともしない。
やることはやるし、行事ごともちゃんと協力する。
喋っているのは見たことない、けど。

そんな烝と唯一会話ができる、ということで私は少し尊敬の眼差しを浴びていた。
…会話というか、私が一方的に喋って終わり、な気もするけど。

「え?ないない!幼なじみなだけだよ!」
「いやいや!幼なじみとかよくあるパターンじゃん!」
「いつも烝君て花ちゃんとしか話しないじゃん。仲良さそうだよ?」
「いやだから私も会話が成立しているわけでは…」
「百歩譲ってあんたが好きじゃなくても、向こうは絶対好きだって!!」
「そうそう!絶対そう!」
「それはどうだろうか……」

クラスメイトに囲まれて私はたじたじになる。
正直奴の気持ちなんて、次の英語の授業で当たる長文問題より分からない。
でも…そう、なのかな……。

思春期の女子というのは、ともすればその思考はとんでもない方向に飛んでいくし、それが集団となればより一層強固なものとして突き進んでいってしまう。

その日の放課後、公園に集まった私たちは、とある作戦を決行することになったのだ。






「もしもし。」
「あ、烝。あー…歩姉いる?」
「まだおらへんけど。」

後ろで聞き耳をたてている女子たちが私の脇腹をツンツンとつつく。

「あいつに用事?」
「いや…どっちかっていうと…烝に?」
「何?」
「あのさー…ちょっと、なんていうのかな…」

後ろから小声でがんばれ!という声援と早くしろ!というヤジがとぶ。
まぁ、どっちも面白がってるんだけどね。
受話器のコードをくねくね指に絡ませながら続ける。

「何なん。」
「いや、あの、忙しいよね!あは、ごめん!やっぱいいわ!」

やっぱり無理!っと電話を切ろうとしたのに隣にいた実行リーダーにはばまれた。
今私たちは公園の入り口にある公衆電話ボックスに、いる。
クラスの女子達が考えたのはこうだ。
もし烝が私のことを好きなら私がSOSを送ったらすぐ助けに来てくれるはず。
そこで今めいいっぱいのピンチを演じさせられているわけだ。
無情にも追加の10円玉を入れられ会話が続行される。

「あのさ、烝…えーと…」
「はよしてくれへん?」
「う、ごめん!…その、ちょっとさ、なんてゆうか、助けてほしくて?えっと、…さっきから変なおじさんに後つけられてるみたいなんだよね。今公園にいるから早く迎えに来て!」

一息で言いきって今度こそ受話器をガチャリと置く。
周りの女子から「おおー。」と小さな拍手。
そんなのいらないから!

「ほら、もう電話したし、どうせ絶対来ないから良いでしょ?帰ろ?」

変な汗がドッドッと流れている気がして少し息が荒くなる。

「じゃあ暫くここで待ってよ。烝君来たらそのまま付き合っちゃえば良いじゃんー!!」
「ちょっと…」
「それ良いーー!!」
「『花大丈夫か!』」
「『もう!うちめっちゃ怖かったんやから!』」
「『堪忍な、俺が守ったるから安心しぃ。』」
「『うちのこと、ずっと守ってな?』」
「『一生、約束や。』」
「「「「きゃぁーーーーー!!!!!」」」」

自分達でやっといてきゃあきゃあと沸く友人達。 
…そんなことあるか…?
結局、

「少しで良いから待ってよ?どうせ来ないんだったら別に気まずくないでしょ?」

という言葉に押し切られてしまった。




ポツンとブランコに座って少し足を動かす。
「みんながいたら絶対怒るって!」そう言ってみんなには少し離れた場所に行ってもらうことにした。


電話をかけてから5分。
家からだと走っても10分弱はかかるからまだ来ないだろう。
これいつまで待てば良いんだろう、いっそ烝が来てくれた方が終わりがわかりやすくて良いなあ、なんて考えながらブランコを小さく前後に揺すっていると、通りから見慣れた人影が飛び込んできた。


「本当に来た……。」



一体どれくらいの速さで走ったらこんなに早く家からここまで着けるのだろう。
烝は肩でゼェゼェと息をしながら私が小さく揺らすブランコの前に立った。
部活のジャージのまま、ずっと走り通してきたのか靴紐は解けてるし、汗だく。運動神経の塊みたいな烝にしては珍しく息が整わない。


「…っ……おそなった…。」
「っ、うん…。ごめん。」
「けがはっ…」
「ない、ごめん…」
「なんもっ、されてへん?」
「全然大丈夫だから…ほんとごめん…なさい。」

烝の顔を見上げられない。
その息づかいだけで分かる。
相当無茶をして走ってきたんだろう。
ごめんなさいしか出てこない。

「行くで。」

まだ息が整わないのか、白い息を吐きながら此方に右手を差し出した。

なかなかその手を取ろうとしない私を変に思ったのか、烝が少し近づいてくる。

「どっか痛いんか?」
「違う。」
「嘘はつかんとき。痛いとこあるんやったら松本先生とこ行くで。」

嘘、という言葉に胸がチクリとする。嘘、ついたんだよ私。
烝は拳を握って顎の汗を拭う。こんな寒いのに汗だくでいたら風邪をひいてしまう。

「…ごめん、さっきの電話、嘘。」

「………あ?」

ギュッと目を瞑って電話の時よりももっと早口で言いきる。

「クラスの子たちと、電話したら烝が来てくれるのかって話になってそれで嘘ついたの、変なおじさんとか助けてとか全部嘘だから!だからごめん1人で帰れる。」




殴られる。




…そう思って体を固くしたが予想に反していつまで経っても烝の拳骨は飛んでこなかった。


「……さよか。」


かなり長い間経ってポツリと落ちてきた言葉は一言だけだった。

反射的に顔を上げると、彼は怒っているのか泣いているのか笑っているのか分からない静かな顔でこう付け加えた。






「人に心配かけて遊んで楽しいんか、ボケ。」







そのまま先を歩きだす。
こっちを振り返りもしない。

やってしまった…。
烝の言う通りだ。人に心配かけさせてそれを笑うって、最低じゃんか…。

慌てて後を追いかける。

「烝!待って!」


家の近所まで戻ってきたところで、近くに住むおじちゃんに声をかけられた。

「よぉ!ちゃんと会えたんやなぁ!」
「え?」

おじちゃんはニヤニヤしながら(あ、一応おじちゃんの名誉の為に言っておくけれどこのおじちゃんに限らず関西のおじちゃんおばちゃんって大体機嫌が良いからいつもニコニコ、ニヤニヤしてる)、声をかけてきた。

「こいつ、えらい血相変えて走っとったで?『花見ぃひんかったか』ってな!」
「嘘。」
「あんま心配かけたらあかんで?」

ほなな?と私の肩を軽くポンと叩いておっちゃんは去っていった。
その後も道行くおばちゃんやおまわりさん、小さな子の手をひくお母さんに「良かったね、心配かけたらあかんよ」と声をかけられる。

どんどん私を置いて歩い…もはや駆けていく烝の背中を見つめながら立ちすくむ。


それから中学を卒業する迄、私と烝は家でも学校でも口を聞かなかった。
翌日友人達には謝り通され、彼女らから烝に謝罪もあったのだが、結局私達の仲が修復する事はなく、そのまま烝は東京の高校に進学してしまった。

烝の進学後も相変わらず私は山崎家に通い続けた。
歩姉がいるときは2人でお茶をしながらお話をする。
そんなときはよくこの時の話題になった。

「烝からなんか連絡ある?」
「いえ、私の方には全然。」
「なんなん、まだあの子ヘソ曲げてんの?ネチネチした男やなぁ。」
「いや、まぁ私が悪いので…。」
「まぁ、あの子も花ちゃんがそんな怖い目におうてるって考えたらいてもたってもいられへんくなったんやと思う。…っちゅうか、花ちゃんからそんな電話きて飛び出していかへんかったら男とちゃうわ。なぁ?」

歩姉は私を叱ることもなかったけれど無条件で庇うこともしなかった。それが彼女の優しさで、私はそんな歩姉が大好きだった。









あれから3年。
久しぶりに会った彼はそれまでと同じように接してくれたから私もホッとしてまた少しずつ元の関係に戻れた、ような気がしている。

もうあの時みたいに、無駄に心配かける事はしたくないのだ。
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