小説
□手紙
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毎日、毎日、愛萌のかわいさにやられています。どうも小坂です。
でもこのことは愛萌に気づかれたくない。あくまで平静を保っています。思春期なんです。「愛萌のことなんて何にも思ってないよ」の態度はけっこう得意です。でも、愛萌が「菜緒の方がわたしのことを大好き」ってことを言ってきたときは、図星すぎてちょっと怒っちゃいました。ほら、菜緒、思春期だから、自分からそういうこと言えないんだよ。ごめんね、愛萌。素直になりたいわたしが見え隠れしてるの、きっと愛萌はわかってる。自分の気持ちを言えないってけっこう辛いことなんですね。でも、ちょっと愛萌のせいにさせて。今もさ、
「菜緒はほんとにかわいいね〜」
とか
「今日も菜緒と一緒にいて幸せだよ」
とか
菜緒が言いたいこと、菜緒より先に全部言っちゃうんだから。言えないじゃないか。最近、愛萌にそう言われるとすぐ顔が赤くなっちゃって、隠すのが大変なんだよ。年齢的には愛萌の方が上だけど、菜緒は愛萌にはお姉さんでいたいからさ、愛萌に惑わされるようなことなんてあっちゃだめなんだよ。あ、でも、2人きりの時は、妹がいいかもしれないです。甘えたいです。受けとめてくださいね。
もうここまで自分の気持ちを正直に出すことなんてないよ。あと3年ぐらいしたら直接言えるかもしれないから、それまでもうちょっと待っててください。でも3年なんて経たなくても、もしかしたら明日?明後日?一週間後?に言えるかもしれません。愛萌はそれを絶対に聴き逃さないように、ずっと菜緒の隣にいてください。あと今度、『万葉集』教えてください。愛萌の大好きな句が知りたいです。菜緒の好きそうな句も一緒に考えたいです。菜緒の一番の理解者さんならきっと、菜緒にぴったりなやつを選んでくれると期待してます。以上です、ご静聴ありがとうございました。
「…書けた」
わたしはペンをテーブルに置いてちいさく呟いた。
ペンを握っていた右手がいつのまにか痺れていたようで、痺れが徐々にひいていく感覚をしばらく感じていた。
「おつかれ〜」
「っ!愛萌!?いつからおったん!?」
なんで愛萌がここに!…いや、ここ楽屋だし、そりゃ来るか…
「だいぶ前からだよ。菜緒、けっこう難しそうな顔して書いてたね。学校の宿題?」
愛萌がわたしの手元を覗き込んでくる。
「わっ!だめ!」
慌てて、書き終わった手紙を裏返しにする。
「だめ?菜緒のケチ〜」
腰に手を当て、頬を膨らませて反論する愛萌。いちいちそんなかわいいことしないでよ。
「えっと、これは〜あの〜ほら、適当に書いたから人に見せられない字になってて…」
宿題ということは否定しないでおいた。
「ふーん」
その提出先が自分だということは露知らず。愛萌は持っていた本に目を落とした。まあ、提出予定はないんですけどね。
これは菜緒の一生の秘密にするつもりで書いた愛萌への手紙だから。内容は菜緒以外に知らなくていい。でも安心して、愛萌。いつか、菜緒が自分の本心を包み隠さず言えるようになったら、ちゃんと直接言うからね。
今言えるのはこれだけかな。
「愛萌、万葉集教えて」