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□futuro
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【第2話】パシリちゃん
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『顔面の』
この名誉もクソもない、むしろ蔑称であろう呼び名で勝手に呼ばれ始めて、一週間が経とうとしていた。
正直言ってこの呼び名に対して、あまり、いや、かなり不満があり、私には山田花子というちゃんとした名前があるのに、だ。それに顔面のと呼ばれる度に相手に効果はあるかは不明だが、「山田花子です」と私は主張はするようにはしている。
次の授業は先生に当てられそうだから予習だけでもしとくかと教科書を出そうとした鞄の中を漁った。
そんな時である。

「花子!!!」
何やらクラスの友人が興奮気味に名前を呼びながら近づいて来た。私がその子に何かしたのかと脳内をフル回転したものの、何もしてないし心当たりもなく、驚いて目を見開く事しか出来ない。
「ど、どうしたの」
「ベルフェゴール先輩から呼び出されてるよ、何したの」
「え!?私が!?」
「うん、教室の前で話しかけられて…」
「きゃー!ベルフェゴール先輩から!?」
いきなり他の友人が会話に参加してきたから何事かと思った。
「なに?なに、あの人有名なの?」
「人気あるんだよー!ファンクラブもあるぐらい!」
「え…あの人が?」
「でも私あんまり良い噂も聞かないんだよね…上級生に呼び出された時に全員ボコったらしいよ」
「でも危険な感じがまたかっこいいじゃん〜!」
「かっこよければいいのかよ…とりあえず気をつけなよ?ほらそこで先輩待ってるし」
友人2人がそんな気になりすぎる話題の会話をしてて、気にならないわけがない。
しかし話題の大元の人物に呼び出しされてるので行かなければ…気と同時に足も重くなるのを感じる。私は先輩がなにを考えてるか読めない…いや読めたらこんなに悩んでないだろう…

ひょっこりと教室のドアから顔を出して廊下を覗くとあの目立つ金色の髪がこちらを向いた。
「な、何か御用でしょうか…」
「ん」
「え?」
そこにはLINEの交換用のQRコードの画面が映し出されていた。
「先輩、これは一体どういう事でしょうか…」と頭の整理しながら口に出してた疑問は、言葉にした時にやっと理解した。
「え、なに!?!!!これはライン交換というものでしょうか」
「早くしろよ」
「あ!はい!」
ピロンと音が鳴り、連絡先にベルフェゴール先輩の名前が加わる。目の前で起こってる事に戸惑いを感じながら手が震える。
「じゃ」
「え…」
ライン交換するとさっさと歩いて行ってしまった。もしかしてその為だけに1年の教室に来たのか…と立ち尽くしていると、タイミングが良いのか悪いのかチャイムが鳴った。
「なにしにきたんだか」と小さく誰にも気づかれずに呟き、席に戻った。

私の席は窓側でちょうど日差しが入ってくる。今の季節の日差しは暖かく心地の良い温度だ。日光がじんわりと身体全体を暖めて包まれるようになる。
チャイムが鳴ったあの後、「ベルフェゴール先輩の行動にどういう意図があったんだろう」と疑問でずっと考えてはいたが日差しが気持ち良すぎて段々考える事が遠ざかっていった。
窓の外から見える運動場では他のクラスが体育をしていて短距離走をしている。運動場から聞こえる生徒の声と前の黒板から聞こえる先生の声が子守唄のように聞こえ、意識を手放そうとした時である。
ブブッとスマホが振動するのを感じ、反射的にタップで開くとそこにメッセージが何件か届いていた。
『焼きそばパン』
『牛乳』
『昼休み屋上』
ポコッポコッと三つの単語だけ届く。文章にもなっていないラインのメッセージの送り主を見ると、そこにはさっき交換したベルフェゴール先輩のアカウントだった。
この三つの単語から何をどう読み取れというのだ。一種の暗号かなにかだろうか。
おつかいという事なのかもしれないと眠気に負けそうになってる頭で考えたが、やはり聞くのが一番だと思い、『どういう事です?』と返信をする。
が、既読だけつき何も返ってこない。
何を考えてるんだとスマホを凝視した。
「お前ここの問題わかるよな?」
顔を上げると先生がこちらを向いて睨んでいた。
「携帯いじってるくらいなんだからここの問題も余裕という事か?」
「いえ、めっそうもございません。わかりません。」
はぁーっと大きすぎるため息をわざとらしくつかれると席をずっと立つように言われて立たされる羽目になった。
クラスのあちらこちらからクスクスと笑い声が聞こえる気がする。
先生に席を立たされたのも、クラスの子達に笑われたのも全部先輩のせいだ…そう思わなきゃやってられない…

やっと授業終了を知らせるチャイムが鳴り、お昼の時間になった。
さて、あの難解すぎるラインの文章で読み取るとすると「焼きそばパンと牛乳を買って昼休みに屋上に持って来い」という事だろう。
さっきの友人が言っていた悪い噂も聞くのでここで逆らわない方が身の為だと思い、食堂の購買へ走った。もしこの解釈が違っていてもそのままパンは私がいただきますすればいいしなと軽い考えをして購入を済ませ、急いで屋上に向かった。
ずっと屋内にいたからか、それはもう良い天気で空気が美味しく感じる。つい気持ち良くて背伸びをして仰反るような姿勢になった時、「こっち」と声がした。
声の先を見るとベルフェゴール先輩がいた。そうだ、私は意味不明なラインの呼び出しでここにいるのだ。恐る恐る足を動かしぎこちない動きで向かう。
「先輩、なんですかこれ?一応おつかいかと思って買って来ましたが…」
「おっ、サンキュー」
パシッと焼きそばパンと牛乳が入ったビニール袋は先輩に奪いとられる。引ったくりにでもあった気分だ。パシリという単語が脳によぎる。
「あの先輩、食べるのは良いんですけど、私のお金なんですよねこれ…ベルフェゴール先輩、お金は…?」
先輩はパンを取り出しパクリと口に含み、そのままもぐもぐと口を動かし、私の問いには一切答えない。これが無視というやつか。
「あの…先輩?」
牛乳パックにストローが刺され、あれよあれよとすべて先輩の胃の中に収納されていく。全て食べ終わるまで声はかけ続けたが、それもまた無視された。
「じゃまた明日な」
とやっと口を開いたと思うとそれだけ言われ、つい固まってしまった。
もしかして、もしかしなくとも、私は割とやばい先輩に目をつけられたのではないか、と。
こうして私の、山田花子の、パシリちゃん生活が始まるのである事を自覚するまで数分かかる事になる。


/担当なもと

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