アンバランスなキスをして
□二話
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「ひぃ…っ!た、助けてくれぇ!!」
「今更遅いっての!待ちなさい!!」
頭から二本の角を生やした男を散々追いかけ、路地裏まで追い詰める。
全くこいつ…胸くそ悪くて全力でぶん殴ってやりたい。
妖気形に案内され辿り着いた先では、絵に描いたような不良学生たちが殴り合いの喧嘩をしていたんだけど…。
今私が追いかけていたこの男、相手グループのリーゼント君の猫ちゃんを人質にとるわ、仲間は見捨てるわ、キングオブクズ過ぎて目も当てられない。
「この… アマがぁぁ!」
「ーーっはぁ!!!」
「ぐえっ」
追い詰められて自棄を起こしたのか、隠し持っていたナイフを取り出し向かってくる。
それを踵落とし一発で地面に沈めると、大人しくなった。
いくら妖怪に憑かれているとは言え体は人間なので、一応手加減はしてあげた。感謝してよね。
「つーかまえた!」
「バ…馬鹿ナ…俺ヲ手デ掴ム、ダト…!?」
宿主が気を失ったところで、口の中から這い出てきた小鬼を手で捕まえて捕獲。
連行用の封印付きの小さな金庫に入れて、任務終了だ。
「これで終わりか…なんだ、案外呆気なかったな」
霊界探偵だ、任務だ、指令だ、といやに仰々しい言い回しがくっ付いてきただけで、今まで私がやってきたことと大差ないんだな。
そんなことを考えていた。
背後で、気を失い邪気から解放されたはずの男が起き上がり、ナイフをギラつかせていることに気付きもせず。
「…ぅ、食う、喰ウゾォォアアア!!」
「!」
完全に油断していたことが災いし、相手に間合いに入られてしまう。
男の纏う空気が変わり、今まで確かに“人”であったはずの体は、姿形を異形へと変貌させていった。
『いいな、ゆめゆめ油断するでないぞ』
「(こんなことになってから思い出すだなんて…)」
折角のコエンマ様の忠告も無駄にしてしまった。
後に跳ぼうにもこんな狭い路地裏では距離も取れない。
瞳孔の開いた視線が、私を捕らえる。
…やられる!
「世話の焼ける女め」
え?
咄嗟のことに身体中強張らせると、静かな低音が耳を掠めてゆく。
緊迫した状況の中、どこか心地の良さを覚える声音に目を開けば。
数日前に私の名を尋ねそして消えた、あの黒衣の背中がそこにあった。
彼は抜刀すると、刀を返して逆刃による一太刀を浴びせ、唸り声を上げ仰け反ったところに間髪入れず蹴り入れる。
異形は路地の壁に体をぶつけ、地面にぐしゃりと落ちるとまた人の姿へと戻っていった。
「あの、ありがとう。助けてくれて」
「こんな鈍間が霊界探偵とは、世の末だな」
刀を鞘に戻しながら吐く悪態の中に紛れる、“霊界探偵”という言葉。間違いない。このひとが。
「貴方だったのね、コエンマ様が言ってた霊界からの補佐のひとって。えっと、飛影?だっけ?この前そう言ってくれればよかったのに」
「補佐だと?お守りの間違いだろ、こんな小物に手こずるようではな」
「う…」
いちいち痛いところを突かれてムッとするけど、ぐうの音も出ないのも事実だった。悔しいけれど。
「さっさと捕まえた邪鬼をよこせ。そいつを霊界に連行したら、俺の仕事も終いだ」
「あ、ちょっと待ってよ」
「…何をしている?」
飛影を素通りして、気絶して伸びている邪鬼の宿主の傍らにを付く。
見た目以上にボロボロで重症だった。うつ伏せの身体を仰向けに転がして診れば、片足片腕、それに肋も数本折れている。
「何って。治療しなきゃ」
「は?」
これくらいの怪我ならば、私の治療術でも治すことができるだろう。
両手をかざして意識を集中すると、淡い光に包まれて。じわじわと患部が癒えてゆくのがかざした手から伝わってくる。
「…ふう、これでよし、と」
おばあ様ならもっとちゃんとやれるんだろうけど、まぁ私ならこれくらいで及第点でしょう。
お待たせと言って、壁にもたれてこちらの様子を見ていた飛影に小鬼を封印した金庫を渡す。
「えっと、改めまして。私、長月紅。この前はきちんと挨拶しなくてごめんなさい。これから宜しくね?飛影」
「……」
「んん、何?」
あれだけ悪態を吐きまくっていたのに、今度はダンマリになっちゃった。
金庫を受け取り、鋭く大きな漆黒の瞳が私を見つめている。
「…霊界探偵に手を貸せば、俺にとっても都合がいいだけだ。馴れ合うつもりはない、これからも気安く話しかけてくるな」
「ええ…可愛くないなぁ」
これが、新米霊界探偵の私と、補佐に就いてくれることになった邪眼師飛影との出会いだった。