アンバランスなキスをして
□十三話
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「…ふぇ?」
それは、あまりに突拍子もない提案だった。
「ですから、あと二日、良かったら俺の家に居たらどう?って話」
齧り付いた惣菜パンの咀嚼も忘れて見つめ返す私に、蔵馬は同じ言葉を繰り返す。
聞き違いか、という疑惑は霧散した。
と同時に、大して噛み砕いてもいない口内の炭水化物は塊のまま嚥下され、途中で引っ掛かり、私は咽せる。
「大丈夫?」
「なんとか」
苦笑しながら顔を覗き込んでくる蔵馬の瞳があまりに近くて、私は反射的に赤面する顔を背けた。
昼休みと同時に開始された恐怖の鬼ごっこからなんとか離脱して、中庭に入った私と蔵馬はベンチに座り食事を摂り始めた。
そして、教室では色んな意味で不可能だった会話をぽつぽつ交わす。
私は、昨夜二人に迷惑をかけた事への謝罪と、暴走の原因である、幼少期の事柄を掻い摘んで説明した。
今は押さえ込んでいる自分の高い霊力のせいで、物心ついた頃から妖魔や異形につけ狙われていたこと。
それが原因で、寄せつけてしまった其れ等から私を守ろうとした両親を失ったこと。
その筋で有名な“幻海師範”に養子として引き取られたこと。
そしてその流れで、おばあ様が昨日から三日留守にしていることも。…とはいえ、私ももう子供ではないし、大丈夫なんだけどね、と付け加えて。
でも、黙って聞いていた蔵馬は事態を重く受け止めたようで。おばあ様が不在の間、南野家へ来たらどうかと提案してくれたのだった。
「昨夜も言ったけれど。今君は力を暴走させて霊力が空っぽの状態だ。現に今、隣にいる俺の僅かな妖気すら感じていない筈」
「う、…うん」
図星を突かれ、どきりと心臓が跳ねる。
確かに私は今、何も感じていない。
「そんな状態で一人で出歩いていたら、」
「いたら?」
「あっという間にとって喰われるだろうね」
語る蔵馬の顔からは普段の柔和さが抜け落ちていて、それが更に言葉に真実味を増す。
ゾゾゾ、と背筋に冷たいものが走った。
「なので、幻海師範が帰ってくるまでの間、俺の家から学校に通ったらどうかなと思って。一緒に居たら、少なくともそこら辺のモノは寄ってこないよ」
そうして、ああ。と胸の内で合点がいった。
それで今朝早朝だったにも拘らず、彼は私の一時帰宅に付き添ってくれたのだ。
大丈夫だから、と言った私の断りを押し切って。
「…お世話になります…」
どう考えても、この申し入れは受けた方が良いだろう。
「任せて」
蔵馬は小さく会釈をした私に優しく微笑むと、大丈夫だよと言って頭を撫でた。
“南野君”としてしか接していなかった時から、このひとはとても優しかった。
南野ファンクラブの会員達、皆見る目あるね。でも惜しい、蔵馬の良いところは顔だけじゃないんだよ。
彼の手は優しくて、大きくて、とても暖かい。
昨日から、どこかずっと張り詰めていた緊張感が、スッと解けてゆくようで。じわりと滲んだ目元を隠したくて、無意識に俯いた。
その時だった。