アンバランスなキスをして

□十五話
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土を蹴る音、空を掻き飛び上がる気配。自然が発する声音に紛れるそれらに、意識を集中させる。

利き足で跳び、幹を足場に飛距離を稼ぐつもりか。そこからならば、踏み込むにはあの太い枝を使うだろう。

…当たりだ。
そら、飛んで来るがいい。

「っ、はぁ!!」

木々の重なる枝棚から姿を現した紅により繰り出される拳の雨を、刀の柄で受け止め払う。八発か。本調子でないにしてはなかなかだ。

「ふわぁぁ…もうダメ!死ぬ!しんじゃう!」

渾身の攻めを、全て振り払われた苛立ちも手伝ったのかもしれない。
宙で体勢を立て直したものの、草の上に着地すると膝を付き、紅は盛大に白旗を振った。

「俺は死ぬ気で来いと言った筈だ」
「ほんとにもう無理、体中ガッタガタだよ!」
「霊力が戻らないと困るのは貴様だぞ、…いいから!とっとと!かかって来い!!」
「うわぁん!」

俺の怒声と紅の泣きの抗議の所為か。
頭上で山鳥が何羽か、バサバサと羽音を響かせ逃げて行くのが耳に届いた。




ここは幻海の所有する敷地内の山の中。
先程蔵馬が言った、紅の枯渇した霊力を戻す方法とやらを、試す為訪れた場所だ。

…否。それは半分建前だ。俺はすこぶる機嫌が悪い。紅に強制戦闘を強いているのは、恐らくそう、八つ当たり。
それもこれも全部、こいつの所為だ。

昨日の事件を皮切りに、やけに蔵馬の奴が紅にベタベタとし出したのも、知らない内に互いを名で呼び出したのも、必要以上に蔵馬がこいつに触れてみせるのも。
俺には何の関係もない。
なのに何故だ。こんなにも腹立たしいのは。

ひと気が無いからと俺が身を潜めていた校内の中庭に、蔵馬が紅を伴わせて来たのは確実に態とだ。
何がしたかったんだあいつは。こいつは自分の物だと主張でもしたかったのか?

訳の分からない挑発に乗るかと無視を決め込んでいたのに。
蔵馬の手が紅に触れたのが見えて。気が付いたら何故か、二人の前に降り立っていた。





「そっちから来ないのならば、こちらから行く…ぞ!」
「っ」

紅がのろのろと立ち上がったところで、居合の構えを取り踏み込む。
そうすれば流石に子供染みた泣き言を吐くこともなく、俺の動きを読んで刃を躱してゆく。
今し方とは打って変わったキリリとした精悍な表情だ。当然か。最初にここで、死ぬ気でかかって来いと言ったのは俺だ。

それなのに。どうして。

「(…あんな表情…俺は知らない)」

薄らと紅く染まる頬や、安堵からくる涙顔。それを惜し気もなく蔵馬に振り撒くこいつが、俺の心情を荒らして掻き立てる。

「…っ、あぅ!」
「!」

カッと頭に熱が登った束の間に、余計な力を加えてしまったらしい。
忘れていた。今のこいつは、霊力を暴走させ、体にも支障をきたしていたのだった。
力で押し負けた紅は後方へ吹き飛び、木の幹にぶつかり崩れ落ちる。

「ぅ、ぁ…ケホ、」
「……霊力は、回復したか」

膝をつき助け起こしてやりながら、やり過ぎた、と反省していた。でも俺の喉から謝罪など出て来る筈もない。
背を強かに打ったせいで、肺が酸素を上手く吸えないのだろう。紅は苦しげに息を吐いた。

「…まだみたい。ごめん」
「そうか」

蔵馬自身も、この方法は“荒療治”と言っていた。そう簡単にはいかないのだろう。

そうなれば、残る方法は。

「おい」
「?な、に……ん、む…?」

元々近い距離を更に詰め、ぱくりと小さな口に食らいつく。どちらも瞼は開いたまま。
ガラス玉のような大きな薄茶色に、俺が映る。

「っっ!…え、何してんの」
「何故逃げる」
「何故、って」
「蔵馬も言っていただろう」

紅は腰を抜かしたまま、自生する草花の上をズルズルと後退し下がろうとした。
俺もまた地に手をついてそれを追いかける。

「ふたつめの方法は、気を補給し霊力の呼水にすると」

合わさった視線は外さない。僅かに邪眼に力を込めて「逃げるな」と念じれば、ビクリと一度肩が跳ねて、動きが止まる。

「この俺の気を分けてやる、紅」

逃してなど、やるものか。


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