アンバランスなキスをして

□十九話
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「馬鹿も休み休み言え。どこかの人かぶれした狐ならともかく、何故俺があんな女に熱を上げなければならん」
「だが飛影、本来ならお前に下された罰は“霊界探偵の補佐として邪鬼の追跡捕縛”…のみ、であった筈じゃぞ?それを今だに紅の傍を離れずにずるずると…おおおぉぉ?!」

皆まで言い終わる前に、それはコエンマの悲鳴に塗り替えられる。

それまで立ち竦んでいた場に残像を残し、刀の柄に手をかけた飛影が、執務机に乗り上げて今にも閻魔の息子に斬りかかろうとして見せていた。本気では無い。
要は、それ以上言うな、と言うことだ。

「…くだらん戯言だ」
「わわ、分かったから早く退かんか馬鹿者ー!」

掻き乱された胸中をされられないように、ドスの効いた睨みを霊界の王子に投げよこしつつ、今度こそ飛影は大扉を大股で出て行く。
これ以上、あの飄々としているようで感の鋭いコエンマの前に居たくはなかった。

何故、早く用事を片付けて人間界に戻りたかったのか。コエンマの無責任にも取れる発言に腹が立ったのか。そんな感情などないと、普通に言えなかったのか。

そのどれも、答えはたった一人の相手に行きついてしまう。
あどけなく笑った顔であったり、拗ねた横顔や、涙を溢す目元、身を削るように傷付いた敵ですらを癒す細い手と、それから。
唇の柔らかさであったりとか。

…惚れてはいないかだと…?

「…あり得ない」

と、思いたい。飛影は頭を振って浮かんでくるその姿を無理矢理霧散させた。

人間界へ向かうまでに飛影が思案していたのは、コエンマとのやり取りを紅に伝えなければならないが、どこからどこまでを都合よく邪眼で見せたものか…その一点限りだった。


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