長編派生if story

□星(ひかり)
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「ペルセウス流星群?」

セミの合唱が降り注ぐ学校の中庭での、その人と恒例となった雑談。
蔵馬が今朝の情報番組で見たと言って話したのは、今夜大極を迎えるらしい、夏の流星群の情報だった。

「ペルセウス“座”流星群、ね。紅好きでしょう、そういうの」

そりゃあ勿論、と蔵馬と肩を並べる少女、長月紅は笑った。八月の夏休み登校日、ひと気の乏しい中庭での、穏やかなひと時だ。

一見すると、人目を忍んで密会する男女の生徒。に見えるのだろう。

しかしながら、二人はそんな甘い関係ではない。どちらかと言えば気のおけない無二の友人、と呼ぶほうが相応しい。少なくとも彼女の方はそう思っていた。

「冬のしし座流星群なら知ってたけど、ペルセウス座っていうのは知らなかったなぁ。そうだね、結構好きだよ」

微笑むその口元から紡がれた、そのたったの二文字。それが自分の事ではなく話題の星を示しているとは分かっていても、一瞬脈拍を乱すには十分な言霊だ。

罪な人だなぁと紅を眺め、蔵馬は彼女と向き合う情の相違に惜しむ心を、ポーカーフェイスで蓋をした。

「今夜は天気も良さそうだし、紅の家からなら見られるんじゃない?」
「うち山だもんね。問題は、果たして私が夜中に起きられるのかってとこかな」

対する紅は、この何気ない会話が目の前の友人の心情に、大きな波を作ったことなど露とも知らず、笑って受け応えた。

この何も知らなそうな無垢な笑顔が、瞬時に赤く色付くことがあるのを蔵馬は知っている。それが自分であれば良いのにと、考えたところで虚しいことも。

元々蔵馬の生まれ持った所有欲の強さは、並ではない。それが今改めて刺激を受けた。

さぁどうしてくれようかな。

蔵馬はほんの僅かな間紅から視線を外しちらりと別の場所を見ると、再び彼女を見つめて言葉を放つ。

「それなら俺が起こしてあげましょうか。なんなら一晩中、一緒に居てもいいですよ?」
「え?」

ここがもし彼等の教室だったなら、主にその他女子からどよめきと共に悲鳴が上がったことだろう。
相手を魅了し籠絡させて意のままにする、それは妖狐時代から蔵馬にとってとても容易いことの筈だった。

ただ、斯くも例外とはあるものだ。

「そう言うのは好きな相手に言いなよ。私に言ってどうすんの?」

きょとんとして言い返す紅は、全くその意味を欠片も理解しちゃいない。
蔵馬にとっては予想通りの展開だ。何故なら彼女が目で追う唯一は、他にいるのだから。

「(ああ、やはり来たか)」

先程見やった場所から動いた影が、今音もなく目の前に降りて立つ。

「やぁ飛影。どうしました、そんな怖い顔して」
「…」

姿を現したのは背丈は蔵馬より小柄の、目付きの鋭い少年がひとり。名を飛影。

鋭い、という表現では弱いだろう。
それはもう、野生の猛獣どころか魔界の低級妖魔なら視線だけで射殺してしまいそうな、そんな危うさを隠そうともしていない。

原因など火を見るより明らかだ。それを誰より理解している蔵馬は意にも介していない様子で微笑んで対峙していた。

「(何のつもりだ貴様)」
「(何、とは?)」

長年の付き合いで、互いに目だけで大凡の会話は成り立つ。
そこですらも飄々とした態度に、いよいよ飛影はブチ切れそうになった。

「飛影どうしたの、すっごい顔してるけど。何かあった?」
「あ゛ぁ?」

可視化出来てしまいそうな黒いオーラを揺らめかせ、いっそ黒龍でも撃ってやろうかと飛影が思ったその時だ。この場においてただ一人、何も分かっていやしない人物が口を挟んだ。

「なに怒ってんの?」

蔵馬に向けていたままの厳つい目付きが、そのすぐ隣に居た紅を捉える。するとどうだろう、燃え盛る炎は水を掛けられたように鎮火していった。

それでも完全に損なわれた機嫌の修復には至らない。

「コエンマの指令だ!今すぐ来い」
「え、今から…?…って、ちょっと!わぁ!」

飛影の言葉に嘘はない。
霊界探偵補佐として先程閻魔の息子に呼び出され、紅への言付けを受けたのは確かだった。

しかしそれが急を要するかと言えば、否である。紅の学校が終わるまで待ち、合流して事件の捜査に当たれば良いと思っていたが、目の前で蔵馬の挑発を受けては黙っていられない。

まだ授業がどうのと喚く紅の腕を引き抱き上げて、担いでしまう。

「嘘でしょまたこのパターンなの?!ちょ、蔵馬っ、どうにかしてっ」

折角多少機嫌の回復したところに、あろうことか蔵馬に助けを求めて手を伸ばしてしまったものだから、再び飛影の機嫌は下降した。
あずき相場より機嫌変動の激しい男である。

「はい、いってらっしゃい」

飛影の機嫌はさて置いて、自分の気は多少は済んだ。それにこれ以上揶揄うとさすがに不味いとも思い、蔵馬は笑顔で手を振った。

言い終わる前に飛影は彼女を連れ去り姿を消してしまっていたわけだが。

「…また、少し虐めすぎちゃいましたかね…?」

なんだか以前にも非常に良く似たことあったようなと思い出し、その時同様、蔵馬は心の内で紅に丁重な謝罪の言葉を告げた。
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