六人衆夢短編

□七月七日
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平時であれば穏やかな筈の山中に異質な空気が流れ込む。人の世の澄んだ水と空気を呑まんとする、瘴気を含んだ魔界の風だ。
それは目の前の異界の扉から雪崩れ込んで来ている。

そんな空気を厭うでもなく、ただただ懐かしさを感じてしまうのは。
私が本来、その世界の住人であるからに他ならない。

「行ってしまうのね」
「…あぁ」

人間界の深夜、子の刻。広大な敷地を有する寺の、人里離れた山の中。
今まさに、その異界へ続く穴を潜ろうとしている六人を見送る為に、私もまたこの場所へ立っている。

「三ヶ月なんて、本当にあっという間ね」
「名前、俺は…」
「…凍矢、陣達が待ってるわ。私に構わず早く、皆の元へ」

実際には、少し離れたところで待つ彼等五人に急かす素振りは微塵も見られない。あの短気な死々若丸でさえ、今は黙して静かに待ってくれている。
それが優しさだと判っていた。判っている分余計に辛かった。

そうして与えられた時間を、笑顔で自ら切り離す。私の情けない寂しさや悲しさなど、伝わってはいけないのだから。

「連れて行ってやれず…済まない」
「いいの、分かってる」

笑顔を浮かべる私とは対照的に、目の前の彼はいたく神妙な面持ちだった。
意図的に私が置いていた距離を詰め、その手が私の頬へと伸びて。右の耳に優しく触れた。

「必ず戻る。それまで息災でいろ」
「待ってるわ」

私も同じくその雪のような白い頬に触れ、彼の無事を祈りそう告げる。

やがて惜しむようにゆっくりと離れていった凍矢は、踵を返すと五人の元へ歩み寄りその姿を穴の向こうへと落として行った。

魔界を統一する戦さ場に身を投じた凍矢。
彼を見送ってから早いもので、もう三年が経とうとしていた。
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