飛影夢短編

□怖(こわがる)
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薄暗い家屋、窓の外からは木々のざわめき。鼓膜に届くのはただそれだけ。
でもそれも僅かに与えられた静寂に過ぎない。

「(逃げなくちゃ…)」

震える四肢を叱咤して、煩いほど早鐘を打つ心の臓を持て余しながらも、少女はその戦慄の領域からの脱出を図る。

早く、早く…!

細切れの息遣い、縺れる足、やがて視界に飛び込んできたのは出口の扉。
一歩、二歩、走りたくとも思うようにならない足で、必死に辿り着いた。ドアノブに手が届く。
もうこれで大丈夫、私は助かったのね。
ホッと安堵に胸を撫で下ろした。

でも、緊張の糸が解れたその刹那のこと。

音もなく忍び寄って来ていた其れが、少女の背後から顔を覗かせて。
正気の欠片も無い絶望の相貌が、この世のものとは思えない形相で、怪しくニタリと微笑みそして…………、











『きゃぁぁぁぁーーっっ!!』
「いやぁぁぁぁーーっっ!!」

キーン。

湧き上がった悲鳴の二重奏に、流石に耳鳴りを覚えた。それは、決して人の身ではない自身の聴覚が優れていることばかりが理由ではない。

原因はそう、今俺にしがみ付いているこの女にある。

「… 名前」
「うわぁ…っ!いやだ何あの顔!顔、顔!見ちゃったぁぁ!」
「…」
「何なのあれ何なのよあり得ないわ怖すぎるでしょうが!」
「とりあえず落ち着け」

こいつの名は苗字名前、人間。俺が補佐なんてものに就く、霊界探偵の女。
大事なことなのでもう一度。
こいつは、現役霊界探偵、である。

「…お前…今更作り物を怖がるタマか?」

そんか呆れを含んだ一言が、溜息と共に俺の口から溢れて落ちた。

名前は生まれ持ったその高い霊力が故に、日々視界の端々には霊魂、悪霊、魑魅魍魎、それはもう様々な異形を視覚に捉え、生きてきただろう。
ましてや今は其れ等を討ち祓い、関連する事件を捜査する中核を担う責を負っている。

…そんな奴が。
こんな作り物の映画如きで、悲鳴を上げているというのだから。呆れたくもなるだろう。

「いいじゃないの。それはそれ、これはこれでしょ?エンターテイメントなの」
「…はぁ」

当然だろとばかりに名前は主張してきたが、正直よく分からなかった。
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