蔵馬夢短編
□その瞳には映らない
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顔で笑って心で涙
なんだか毎年恒例になってしまった、幻海師範宅での年末の飲み会にて。
実をいえば今年でめでたく二十歳を迎え、自分も飲酒が許される歳になったのだけれども。だからと言ってすぐアルコールに旨さを見出せるかといえば、それはまた別の話。
更に付け加えれば、揃うメンバーの面子を指折り数えれば数えるほどに、自分くらいは素面でいるべきかと。
まぁそう思った訳ですよ、お人好しな私は。
二十畳以上ある広い和室でのどんちゃん騒ぎは、盛り上がりのピーク真っ最中。
初めこそ各々テーブルについてお行儀良く座っていたものの、気心の知れ…過ぎた仲ということもあり、早々に無礼講状態となった。
あっちでは鈴駒とぼたんが潰れて寝ているし、そっちでは師範と死々若丸と鈴木が話していて、向こうのテーブルの端では幽助と桑ちゃんと陣がアームレスリングをファイトしている。
「なぁ」
初めにいた席のままでは、あの常識をぶっ飛ばした腕相撲大会に近過ぎる。
下手に話し掛けてあの腕力おバカたちに捕まったら面倒だなぁと思い、すすす、と自分のノンアルチューハイを片手に、蔵馬や凍矢の側に席を移動してきたところで。
「お前の惚れてる奴ってよぉ、アレだろ」
魔界から持参したらしい、度数のキツい酒を煽る酎が、私にそれを言ったのだ。
「浦飯だろ?」
ピシリ。
と、自分だけ氷漬けになったような気がして。
気が付いたら手にしていたはずのアルミ缶がバキゴキと音を立て、ただの廃棄物になってるところだった。
「………え?は?何言ってんの?」
平静を装おうとしたが故に、返事に数秒を要してしまった。ドクドクドク。一切酔いの成分を摂取してはいないのに、呑んだ時のように脈拍の上がり具合が著しい。いや呑んだことないからどうだか知らないけど。
「そんなことよりっ、名前、手!」
「大丈夫か?!切れてるぞっ」
「あ、ごめん、中身溢しちゃって。雑巾ぞうきん」
「「違う!」」
私の隣にいる蔵馬と、その隣に座る凍矢が慌てて何か言っている、けど。正直頭に入ってきやしない。
ちらりと視線だけ動かして、ぎゃあぎゃあと煩い輪の中心を見る。私が席を立つ前と変わりない幽助の間抜け面が見えた。聞いてないな、よろしい。あんたはそのまま腕相撲しとけ。
「なんなのいきなり…」
中身をぶちまけたテーブルを拭かなければ。この廃棄物と化したアルミ缶も処分しに行かなければ。冷静な頭の中の自分が言う。ついでに「死んでも誤魔化せ」とも。
でも実際には、しかめっ面で正面の酎を睨んでいる。それしか出来ていない。
「あー、いや、だからよぉ」
「酎」
普段よりも幾分低いトゲを含んだ声音で、蔵馬が酎のその先を塞き止めた。
いつ取りに行ったのか、その手にした布巾で濡れた卓上を拭っている。さすがだよ、出来る男は違うね。
「早く手当てした方がいい」
握り締めたままだったアルミの残骸を、ゆっくり指を解いて取り去っていったのは凍矢だ。
ここにきて、ようやく手の痛みを認知する。何このバッキバキの缶、何この手の切り傷。めちゃめちゃ痛いんだけど。誰がやったんだよ。私だよ。
「ごめん、二人とも。そうだね、絆創膏貼ってくる」
ふらりと立ち上がって、蔵馬と凍矢に声をかけた。酎は無視しといた。
室内は変わらず宴会ムードなのに、私達の場所だけ妙な空気になってしまった。
誰のせいだよ。そうだよ私だよ!
「ちょっと失礼」
気遣わしげな二人の視線が刺さるように痛い。それから逃げ去るように、私は宴会場から抜け出した。なるべく笑顔を作ったつもりだけど、ちゃんと笑えてたかわからないや。