the walking dead
□別の物語のはじまり
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Tドッグのハッとした顔と、重力に逆らうことなく残酷にも下へ落ちていった手錠の鍵。
その一連の流れを見つめ、呆然とした私とTドッグとメルル。
リックとグレンが車を使って脱出するチャンスをくれた今、直ぐにここを出なければいけない状況で、Tドッグはメルルに謝りながら下へ向かうために屋上の扉へと走り出した。
「なまえ!早く!」
Tドッグが私を呼ぶ。
今脱出しなければ…そんな事はわかっている。けど、憎たらしい奴でもメルルの事が好きな私は、彼を1人置いて逃げることなんて出来ない。
「Tドッグ行って。お願い。私はメルルを連れてキャンプへ向かうから。大丈夫だから」
そう言って私は扉を無理に閉めた。
「…分かった。扉をウォーカーに開けられないようにしとく!気をつけろよ」
「ありがとう」
「脱出出来たのにしないなんてよっぽどウォーカーが好きらしいなお嬢さん」
「私はウォーカーじゃなくてメルルが好きだから残ったんだよ」
「はっはっ、もの好きもいたんもんだ
冗談はよせ、バカな黒人がばらまいたその辺の使えそうな道具をとってくれ」
「冗談じゃないよ?」
そう言って使えそうな物をとって彼の元へ行き、手錠が取れるかやってみる。
中々頑丈な手錠だ。そりゃそうか、保安官が持っていた物だもの。
そう簡単に諦める訳にはいかない、何とかして取れないかな。
「なまえ」
驚いてメルルの顔を見た。初めて名前で呼ばれた。
何度も私はなまえよと言っても、いつもお嬢さんとしか呼んでくれなかったから覚える気がないのかなと思っていたけれど、ちゃんと覚えててくれたんだ。
「俺のような悪い奴はやめとくんだな。でないと痛い目にあうぞ」
「わかった。そういう人はやめとくね。
メルルだけにしとくよ。」
珍しく真剣な感じだったから私も真剣に返したのに、彼は至極やりにくそうな顔をして小さく舌打ちをした。
「メルルはいつも憎たらしい事ばっかり言って皆を怒らせてばかりだけどメルルの良いところ、私は沢山知ってるから好きなんだよ…あっ!!とれた!!」
やった!やっととれた!!
まるでタイミングを見計らったようにドンドンとなる扉。ウォーカー達だ。私が大きな声をあげたからだ。メルルの手錠もとれたし、早く安全な所に避難しないと。
「メルル!早く行こ…きゃっ」
なんということでしょうか。ちょっと前に雨が降っていたのが嘘のように青空ですね。
そんな綺麗な青空を背景にメルルの顔が目の前にある事に気づく。まあ青空を確認する前に分かっていましたが。
すると徐々に近づいてきて、チュッと小さなリップ音をたてて体を起こされた。
「行くぞ。なまえ…いやリンゴちゃん」
「ふぇっ!」
そう、私のお顔は真っ赤っかだったから、彼はりんごちゃんと呼んだんだろう。だって、まさかキッスされるなんて…。驚きと喜びで私の頭はどうしたもんか。
そして彼と一緒に別の扉を抜け出す。ここから彼の右手を切らずに済んだ、別の物語が始まろうとしていた。