拍手書庫

□行ってらっしゃい
1ページ/1ページ










「…じゃ、…いってきます」










「ん…、いってらっしゃい」




殆ど段差のない玄関だから、ブーツを履いたら私との頭の位置はいつもより離れる。
私が意識して目線を上げない限り
お互いの目はそんなに合うことがない。
いつもドアの位置まで離れて、ようやく自然に目と目が合う。

「………」


「……?」


「………」




「ん?なに?」

靴を履いたところで振り返って、なぜだかじっとしたまま黙ってる。
その着ている服の胸元にある皺を見ていたけど
いつまでたっても動かないから不思議に思って顔を上げた。

「……んふっ」

私が顔を上げるとじっと見ていたらしく、ふっと笑った。

「?」


「………」
ただ黙って、唇を少し寂しそうに歪めながらも
凄く優しい目で笑う。


「……ん?」


「…ううん…」
微笑みながら少しだけ俯いて首を振る。
それからすぐにすっと顔を戻して
「行ってくるね」
と甘い声で言う。


「……うん、行ってらっしゃい……」
ちょっとだけ手を上げてヒラッと振った。


ドアに手をかけたところでまた振り返るから目が合ってしまう。

「……寂しいって言っていいのに」
と、どこかあきらめたような、拗ねるような、からかうような……
なんだかよくわからない顔で言う。

「……言わない、寂しくないし」
「うそつけ」





ふん…











だ。














「……嘘だけど」

ふてくされて言ってやったら



ドアから手をはずして長い脚半歩ぶんを移動してまた私の目の前に戻ってきた。

開いてる片手をくるっと回して私をしばるように抱きしめる。
「わいも、行きたくねぇ」

「………」







「……連れて行きてぇ」


「………」
ほら、だから言いたくなかったんだよ。



「…離れんのやだ」






「じゃ、行くよ」
「は?」

「…あとから行くよ」
「うそ」

「なんでよ」
「…え?だって…」


「だめなの?」

「や、つーか…向こうじゃ絶対会う時間ない…と思う…」


「……ふーん」
ほらね。


「……ごめん、わいまた我がまま言った」

「うん、言った」



「ごめんなさい」

謝りつつも、めずらしく腕の力を緩めようとしない。







「……嬉しいけど」

「……ん」














「…、ね、時間は?」

「へーき」

「……?」


「もちょっとこうしてる…」









どれくらいの時間だったか
そのあとしばらく私に巻きついたままじっとしてたけど

ふっと身体を離したと思ったら
一瞬だけ触れるようなキスをして
「行って来ます」と真っ直ぐな目で言って


ドアを開けるときに一回だけ振り返ってにっこりと笑って出て行った。








「行ってらっしゃい………」
ちょっと呆気に取られて無人の玄関で手を振った。







 行ってらっしゃい。








 寂しいけど。




 笑って出かけてくれてありがとう。











日にちが短くても、遠くに行っちゃうってのは



ホント、寂しいんだよね。




意地っ張りな私は
一人になった今から存分に寂しがります。















[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ