我が名はヒーロー (オリジナル)
□3.変身
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1.旅のお仕度 ― シーア、オーダーメイドのパンツをはく
俺達の希望も生命の保証も無視して、月姫様エトナ行幸計画は、着々と進められていった。
俺にしてみれば、どうして側近のものたちが今のエトナみたいな物騒なところに月姫様を行かせる気になるのか、常識を疑ってしまう。
まあ、それはそれとして、俺達の「旅のお仕度」も整えられた。
月姫様のお話し相手の貴族が、軍服一着しか持ってませんというわけにはいかない。
礼服、普段着、外出着。エトセトラ、エトセトラ。
なんだかいわくありげな仕立て屋が、グリーンスパン少佐といっしょにやってきて、寸法を取っていく。
二、三日中にはまた、同じ仕立て屋が、山のような衣類といっしょに現れて、仮縫いなどしてかえっていく。
これまたいわくありげな靴屋もやってきて、いろいろな靴をとっかえひっかえ俺の足にあわせにくる。
これまで吊るしの服さえ満足に買えなかった俺が、いきなりパンツまでオーダーメイド。見立てはグリーンスパン少佐によるからお貴族趣味のコンサバだが、着心地のよさは想像をはるかに越える。
こんなことしてて、任務から外れたときに庶民に戻れなかったらどうしよう。
俺は、なんだかシンデレラになったような気分になった。
十二時が来たら、馬車はかぼちゃに、ドレスはぼろに...。
スサは、むくれている。
やつは伯爵の妹君なんだから、当然二十四時間女装である。
顔は女みたいでもれっきとしたストレートで女好きのスサは、オーダーメイドにも、うずらの卵みたいなダイヤモンドにも、興奮しない。
何を見ても、ため息ばかり。
どんな豪華なドレスも宝石も、興味のないものには「猫に小判」、「ブタに真珠」だわな。
黙って女装してれば、そんじょそこらの貴族の女なんかには負けない、堂々の美女ぶりなんだけど。
そうこうしているうちに、俺達の偽装IDができてきた。
わくわくしてあけてみると、石頭のグリーンスパンのばかやろー。
メイジャーが「何とか伯爵とその妹」とかいったのを真に受けて、俺は「アレン・ナントカ伯爵」、スサは「コーラ・ナントカ嬢」にされていた。
「『あれ』と『こら』に、そこはかとなく才能は感じますけどね。」
月姫行幸中、ずっと女装が決定しているスサは、人生を投げている。
おまえ、二十年後に自分の仮名を思い出して、恥ずかしさに頭を抱えることになっても知らないぞ。
とはいえ、俺だって、いまさら異議を唱えられるような立場にいるわけじゃない。こんなことなら「こういう名前にしてください」と、自分で言っておけばよかった。八代先まで、笑い者だぜ、まったく。
それにつけても、ドン・ガルツィアが「アレン・ナントカ伯爵」は、実は俺だと気がつくのではないかと、心配だ。
あいつは下まつげの長いにやけたあんちゃんにみえるが、一度刃向かったやつには容赦はしない。
俺達がエトナに舞い戻ったと知ったら、タンクローリーいっぱいのコンクリを用意するに違いない。
思い余って、「付け髭とか、つけた方がいいんじゃないですか」と提案したら、メイジャーに一笑に付された。
「あんた、ちんどんややあるまいし、あほなこと言わんといて。どうしても変装したいんやったら、眼鏡でもかけといたらよろし。」
相変わらずの愛想のない容姿に、愛想のない返事だ。
そら、あんたはよろしいだろうよ。頭をぶち抜かれるおそれのあるのは、あんたじゃなくて、俺なんだから。
「そんなに心配やったら、リハーサルしたらええねん。ちょうど、月姫様行幸前のパーティがあるし。お話し相手の伯爵様が、出席せえへんのも、おかしいわ。ちょうど、よかった。」
ちょっとまて。それって、俺に帝国貴族のお歴歴が並んでいるところで、泳ぎ回れってことか。
「ぼ、僕もですか。」
「あたりまえや。」
哀れ、スサ。女装してては、あこがれの社交界で、ナンパもできない。
「グリーンスパン少佐。あんたのお手並み、拝見やで。あんたが仕込んだ、この二人、無事にお貴族さんの巣に突っ込んだりや。」
「はっ。」
グリーンスパン少佐は、自信ありげにうなずいた。
いいのかなあ。気軽に引き受けて。