我が名はヒーロー (オリジナル)
□4.帰郷
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1.空港
月姫の御座船は、惑星エトナの首都、ヴァネシュワール空港に着陸した。
俺はここで御座船から降りられる月姫様をエスコートするという、もう死んでもいいような光栄に浴したのだが、この旅の間は俺が月姫様の御身近くにいて何かとお手伝いをする役なのだから、これからも「死んでもいい」ような目に会いまくるのだろう。
ヴァネシュワールは快晴で、帝国軍の厳重な警護のもと、大勢のマスコミ関係者が月姫様のお姿をカメラに収めようとしていた。
警護の帝国軍か、そうでなければマスコミの昔仲間が、俺とスサを見咎めるのではないかと心配だったが、おハイソ修行のおかげで俺たちの物腰もずいぶん洗練されているはずだし、大体月姫様の腕を取って赤絨毯の上を歩いている人間が、つい最近まで自分たちと一緒に酒を飲んで騒いでいた男と同一人物だと考えるやつがいるわけはなかった。
一歩船内から足を踏み出すと、歓声と拍手が俺たちを包んだ。
帝国国歌が吹奏され、白いドレスに着飾った女の子が月姫様に花束を差し出す。
今日も月姫様は黒を着ておられるが、あっさりとした丈の長いスーツと同じ素材の小さな
帽子を組み合わされている。
俺たちの後ろを、グリーンスパン少佐に腕を取られて歩いているスサは、薄いピンクのスーツでやっぱり小さな帽子を頭の上にのせている。
真っ直ぐ伸びている赤絨毯の向こう側に、帝国から派遣されている惑星エトナの総督と惑星知事が立っている。
エトナの総督は、普通、政治にはほとんど口出ししない。いわば、飾り物だ。
惑星知事は実質上の治世者だが、この事なかれ主義のおやじはドン・ガルツィアが権力を握った後、ガルツィアの野郎の後押しでこの地位についた。
死んだ魚のような目をした小男で、ヤク中にでもなっているのか始終手を小刻みに震わせている。
その後ろに、エトナの顔役ともいうべき人々が控えている。そのほとんどは、ドン・ガルツイアの息のかかったやつらだ。
隅っこに、俺が昔世話になった新聞社の社主が立っていた。
俺の親父の親友で、突っ走りすぎては問題を起こす記者だった俺をいつもかばってくれたひとだ。
ドン・ガルツィアの代になって、言いたいことを言ったら命が危ない世の中になった。
そんなところで新聞社を続けているのを恥じてでもいるように、「新聞屋のおじさん」は背中を丸めていた。
そして、惑星知事の真後ろ、顔役連中のまんまんなかに、あいつがいた。
ドン・ガルツイア。
列の中で一番若くて、一番背が高くて、一番堂々としている。
赤っぽい栗色の前髪をちょっと垂らして、ぱりっとしたダブルのスーツを着ている。
相変わらず、下まつげが長い。
俺の腕に預けられている月姫様の腕が、ぴくりと動いた。
横目で視線を追うと、ドン・ガルツィアを見つめておられる。
ガルツィアの野郎も、なんだかこっちを見ている。
不意に、二人の視線が絡み合うのが空間に見えるような気がして、俺は呆然とした。
ナンダコレハ。
憎しみ?
憧れ?
蔑み?
それとも、もっと他のもの…
どっちにしても、俺は見てはいけないものを見てしまったような気がした。