kira事件、特別捜査本部・二千五◯二号室


□「二季物語 - 夏 - 」(さる作)
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暫くの間、凍てついた世界に住んでいた私に転機が訪れたのは南空ナオミが行方不明になってから大分時間が経った頃だった。其れまでの私は、無表情に任務をこなすステファン・ラウドと言う名の機械だった。あの頃の彼女と同じ、“アイス・ドール”の名を付けられる程冷酷無比な行動は評価も受けたが恐れられもした。私にしてみれば、そんな些細な事はどうでも良く“キラ”に復讐すべく自分を研ぎ澄ます事にしか興味は無かった。それだけ彼女を愛していた自分に驚かされたと同時に、そうする事でしか生きる目標を見出せないでいる自分を持て余していたのかも知れない・・余りの冷酷ぶりに同じ新人時期に配属をされた同僚が心配する程だったが、凍てついてしまった心を如何したら戻せるのか分からなかった私は、その心配さえも煩がる始末だった。そんな私に見切りを付けた仲間が一人、又一人と仲間が去った行く中、突然待ち望んでいた“機会”が訪れた。ある日、上司に呼び出された私が部屋に行くと一枚の辞令を手渡され、こう命令された。

『君は明日付けで異動になる。身辺整理し直ぐに出立出来る様にしておきたまえ。』

意味が分からなかった。尋ねようとする私を制止し、“質問は許されない”と一言だけ言うと退出を命じられた私は憤りを感じると共に“厄介払いをされたんだ”と言う考えに堕ちて行った。辞令に眼を通すと

“○月25日 午後15:00 ロンドン ビックペン N”

とだけ書かれていた。そのゲームの誘いの様な辞令を怒りに任せて握り潰しダストシュートに放り込むと自室に向かい歩き始めた・・。もう如何にでもなれと言う思いも有ったかも知れない・・この縛られた心を忘れる事が出来るなら地獄にだって行ける様な気がした。自室に戻り、クローゼットの中に入っているスーツケースをベッドの上に放り投げる。ギシギシと音を立て軋むベッドに向け、手当たり次第身の回りの物を載せて行くと何かが割れる音がした。ふと見るとベッドサイドに飾られた写真立てが投げた洋服に当たり倒れていた。自分のやった事とは言え、自分の家族の写真が入っている物を倒し壊してしまった事に苛つき、傍に有った椅子を蹴り倒した。大きい音を立て転がる椅子に自分の行動に呆れ返った。溜息を付き、投げた洋服の上に腰掛ける。写真立てを起こすと、ガラスには皹が入っていた。家族に囲まれて写っている自分が今の自分を嘲笑っている様に見える。

“そう言う風に自分の感情を抑える事が出来ないから、“L”が日本で捜査を開始する時も立候補したにも関わらず選ばれなかったんだろう?”

思わずベッドの上に写真立てを伏せて置いた・・自分の写真にすらこんな事を思ってしまうなんてかなり重症だな・・そう思った。こんな気持ちのまま仕事を続けていても、何も得る物なんて無い様な気がしたが辞令が来た以上は責任を果たさなくてはならない。兎に角、この“N”と言う人物に会いに行こう・・そして、自分の義務を果たしたらこの仕事を辞めよう・・そう考えた。そして、ノロノロと投げた荷物をスーツケースに纏めると最後の晩餐にと行きつけのバーへと出かけて行った。夕闇の街はヘッドライトに飾られ、昼間と違う顔を表し始める。足早に家路に付く者もあれば、私の様に彩られた街の中に消えて行く者もいる。誰も自分を気に留める事無く通り過ぎて行く時感じる宙に浮いている様な・・流れの中に取り残されている様な感覚は何なんだろうか・・?しかし、私はこの孤独とは違う様なこの感覚は嫌いでは無い。彼女が消えてからそう思う様になった。バーに入るとマスターがすかさず声を掛けて来る。

『よお!暫く振りじゃないか、何処かに可愛い子でも出来たのかと思ってたぜ。』

威勢の良い髭面の男は、嫌味の無い明るい笑顔で当たり前の様に私の気に入りの酒をグラスに注いだ。

『さ、何時もの席は空いてるぜ。今日はゆっくりして行けるんだろうな?』

『いや、実は急に配属が変わる事になってね。今日は最後に此処で飯でも食べ様と思って来たんだ。何か美味い物でも作ってくれないか?』

急に男の顔が曇った。悪い事聞いてしまったかな?とでも言いたげだったが、声には出さなかった。その代り飛び切りの笑顔を向け、私の肩を思い切り叩くとこう言った。

『・・・そうか・・仕方が無いさ、其れが人生だ!!ま、嫌になったら俺の所にでも来いよ。雇ってやるからさ!今日はおれの奢りだ!待ってろ、飛び切り美味い物作ってやるからな!?』

そう言って調理場へと消えて行った。豪快な良い奴なんだが・・そう思いながら痛む肩を擦った。料理が出来るまでの間、気に入りの酒を飲みながら店内に流れるジャズに耳を傾けていた。
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