(*◎_⊃◎)つ【ruvie's contrivance institute】


□「硝子の森」(さる作)
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『 ドクター・・・貴方は現在、何処を見ておられるのか・・・? 』

不意にかけられたターンのそんな言葉に、ファルマは意識を取り戻し目の前で答えを待つ男の顔を見詰めた。

『 ・・・・貴様の気に食わない顔に決まっているだろうが。 』

少し間を置いて口にした言葉に、ターンは僅かに首を傾げ何かを見透かすように笑った。
《笑った》と言う表現がこれほど似つかわしくないこの男に感じたこの感覚・・・。
彼が剥がれる事のないその仮面の下で、自分自身の考えを見透かし微笑んだ気がしてならない。

本当は 違う事を想い 彼の背後にある面影を追っていたから―――。

『 そんなに熱心に見詰めて頂けるのならば、気に入らないと言う顔と言うのも悪いものではありませんな。 』

そんなファルマの考えも気にせず、ターンはそう言い途切れていた話の続きをし始めた。
この男は何時もそうだ。
人の心を掻き乱す事を言い、何食わぬ顔して話を戻すのだ。
そして2度とその事について触れようとはしない・・・・。
まるで猫が興味を自分に向け、注目されるとヒラリと身を躱すかのように。
触れ様とすると牙を剥き出し、その鋭い牙で深い傷をつけるのだ。
何時も・・・・どんな時も・・・・。
そう考えながらターンの言葉に相槌を打ち、指示を仰ぎそうして1人に戻される―――。
その時の孤独感や喪失感をどう表せば良いのか・・・・。
この感覚はあの時と似ているとファルマは想う。
あの時―――それはラチェットへの想いに気付いた時―――。

『 お前は私の自慢の弟子だな。』

満面の笑顔でそう言い、肩を叩くラチェット。
何時の頃からか、それが胸に痛みを感じるほど辛い事になっていた。
初めのうちは期待に添えない結果しか出せない自分が、応えられない事への痛みだと思っていた。
けれど・・・・日を追ううちに、それが違うものだと気付く。
師弟関係ではなく、ただ・・・・1人の者になりたいと願う気持ちに抑えが利かなくなる。
微かに触れた指先・・・向けられる笑顔・・・肩に置かれる手・・・・。
その度に胸に灯る想いの火が燃え上がり、感情のままに求め縋り付きたいと願う。
けれどそれをする事は、無条件で向けられる優しさや言葉との離別。
想いを伝える事や拒絶への恐怖との対峙を表していた。
ファルマはそれを恐れ、けれど止めどない想いに苦しむ。

そんなある日―――暮れゆく街並みを窓辺で眺め佇むラチェットの姿を見た。
仄暗い空・・・僅かに残る明かり・・・浮かび上がる白い機体・・・・色を添える赤・・・。
失いたくない・・・けれど求めたい唯1人の人の姿に、泣きたいくらい感情が昂る。
ラチェットなら例え想いに応えられずとも、嫌悪や拒絶はしない事も分かっている。
それなのに言えないのは・・・伝えられないのは・・・・伝える事で何もかも崩れてしまう事が分かっていたからだ。
今迄彼と共に過ごしてきた時間も、先刻まで向けられてきた優しい笑顔も何もかも硝子のように儚く崩れてしまうと知っているから―――。

怖い・・・・それだけだった。
ラチェットを求め硝子細工の森の中を傷だらけになって進み、ようやく出会えた時には彼に触れる事等出来ないくらい
自分の血で汚れているのに気付くのだ。
離れる事も出来ずにいる自分に、硝子の森はラチェットの姿を隠そうと茨で覆い隠してしまう・・・。
見詰める事も触れる事も叶わない、けれど離れる事すら出来無くなっている時に出会ったのがターンだった・・・。

離れる為に利用し、利用され、結果居場所を無くす。
憎む気持ちも、求める気持ちも諦める気持ちも置き去りに・・・現在・・・・此処にいる。
時折感じるターンの得も知れぬ眼差しに、何時しか忘れていた想いが蘇る。
それはターンへのものなのか、その向こうに重ねている還れないラチェットへのものなのか分からない・・・・。
触れてはならない想いに、何時か自分が硝子のように崩れる事を感じながら不意に視線をターンへと向けた。
ターンは黙ってファルマを見詰め、声を掛けられるの待っている。
自分が壊れる事を望んでいるのか、共に生きる事を望んでいるのか分からないままファルマは苦笑し席を立つ。
ターンはその儚げな背中を見送りながら、仮面に隠された顔に微笑を浮かべた。

何時か来る・・・求める指が崩れる瞬間を、静かに燃える想いのままに受け止める事を夢見ながら―――。       《完》

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