京都市左京区吉田新町一の□□□の一の一千◯一十二


□「ESCAPE - Moon Child -」(さる作)
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『・・此処なら暫らくの間、誰にも見つかりません。寛いで下さい。』

間接照明を点け、ゆったりとしたソファーにもたれ込んだ竜崎。慣れない長時間の運転で疲れたのだろう・・眼を瞑り、溜息を付いている。

『御免・・僕も運転できれば良かったんだけど・・』

僕がそう言うと伏せていた瞼を開け、微笑みを見せながら静かに立ち上がり僕に近付いて来た竜崎は、そっと僕の手を取り頬に触れる。

『心配して下さるんですか?有難う御座います・・けれど貴方がそんな事、気にしなくても良いんですよ?此れは私が望んでした事ですし・・大丈夫ですよ。』

・・・望んでした事・・其れは<父達から・・全てから遠く離れ、暮らす事>・・しかし、其れを望んだのは竜崎ではなく・・僕だった。何時もの様に情事を重ねていた時に、不意に出た言葉を竜崎は覚えていてくれたのだ。其れからと言う物、竜崎は誰にも・・ワタリにさえ言わずに準備を進めておいてくれたのだった。そして全ての準備が整った時・・二人きりの灰暗い部屋の中、僕にこう囁いた。

『ライト君・・何もかも捨てて・・私と一緒に来て下さいませんか?』

僕は直ぐに返答出来なかった・・一瞬何を言ってるのか理解出来なかったからだ。驚いている僕に戸惑いながらも竜崎は僕の手を握りながら言葉を待っていた・・僕の“ついて行く”と言う言葉を・・・。沈黙は、ほんの数十秒だったと思う。後に・・その数十秒は一番緊張したと車の中で竜崎が苦笑しながら言っていたが、僕にとっても長い・・長い時間に思えた。竜崎に其の言葉を聞かされ、頭がその意味を理解した時に浮かんだ願望・・“竜崎と永遠に過ごす事”・・其れと同時に“竜崎の名前を知る事”が僕の言葉を遮っていた。頭の中で鳴り響く警報は、どちらの願望に対しての警報なのか分からない。熱くなる心と反対に氷の様な感覚が頭を撫で下ろすのを感じた。僕は竜崎の顔を見た・・暗褐色の綺麗な眼が僕の心を絡め取る。

『・・あぁ・・君について行くよ・・。』

僕がそう言葉を発したと同時に綻ぶ竜崎の顔と・・何処からか聞こえた舌打ちの音に鳥肌が立った。僕達は其の侭、誰にも見つからない様に地下の駐車場まで行き車に乗り込んだ。静かに・・其れでも急いで発進し竜崎が捜査本部用に用意したビルから離れて行った。一時間位走った所のファミリーレストランの駐車場で、車を乗り換え更に遠くへと逃亡した。車の中で僕達は言葉少なく、竜崎が掛けてくれた音楽がより深く僕達を繋いで行った。歌の歌詞は僕達に驚くほど嵌り、照れ臭ささで笑みが浮かぶ程だった。

『・・やっと笑って下さいましたね。』

不意に其の苦笑を見ていた竜崎が優しげにそう囁いた時、彼も又不安であったんだなと初めて分かった。

『・・竜崎こそ、やっと喋ったな。』

運転をしながら・・けれどチラリと僕を見ながら竜崎は“其れもそうですね”と笑った。対向車のヘッドライトに照らされた彼の顔はとても綺麗だなと・・心から感じた。僕の中にあった父や母への蟠りは其の時は消えていた・・。其れから夜が明けるまで車を走らせた竜崎は、とある別荘地の駐車場へと入って行った。其の場所は開発途中の別荘地で、住んでる人も無く灯りも無い様な所だった。竜崎は予め用意していた鞄を車から降ろすと、其の中の1棟に何の躊躇も無く入って行った。後から追い掛けてついて行く僕に振り向き、当たり前の様に手を差し出す・・其の事が嬉しくて・・けれど照れ臭くて下を向きながら手を取った。

『・・あまり恥ずかしがられると困ってしまいますね・・。さぁ、今夜は此処で休みましょう。』

そう言いながら鍵を開ける竜崎に、緊張していた僕はついつまらない質問をしてしまった。

『・・りゅ・・竜崎、この部屋の鍵・・どうやって?』

『? あぁ、此れですか?此れは“L”・・つまり表の顔では無く、“裏”の顔で用意した物です。口は堅い連中ですから、心配には及びませんよ?』

当たり前の様に・・何も罪悪感も持たない顔でそう言う竜崎の顔はまるで悪戯っ子の様だなと思った。手を引かれ中へと入ると、其の連中が用意したので有ろう割と趣味の良い家具が主を迎えた。

『ライト君?ボーッとしてますが・・長距離でしたから疲れてしまいましたか? もう休みますか?』

頬に手を当てたまま、竜崎が僕の顔を覗き込んだ。

『・・いや、大丈夫だよ。お前の手が気持ち良くてつい・・取り合えず身体を暖めよう・・お茶を淹れて来るから座って待っててくれ。』

そう言う僕の頬に当てた手を竜崎は離さず・・眼差しで僕を縛り付ける。其処に言葉は無く・・互いの鼓動だけが存在した。
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