京都市左京区吉田新町一の□□□の一の一千◯二十二


□「〓White Breath〓」(月夜野さる著)
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第1章 〓【冷(レィ)】〓


眠らない街“東京”・・全ての望みが叶い、全ての夢が消える人々の願いが集結する場所。人々は気付いてはいない“闇”への扉が開く場所・・・それがこの街・・・。



夜明け間近な空に白い月が浮かんでいる。通る人影も無い、静寂の守りの中・・・1人の女が死にかけていた。未だ年若いその女は、自身を守るべき家の中で“凍え切って”いた。季節は初夏・・・夜明け前ではあるが人1人が凍え死んでしまう様な温度である筈も無い・・・しかし・・・女の髪も吐息も白く凍り付き、身体は痛みすら感じる事も出来ぬ程凍え切っていた。部屋の片隅に座り、頭から毛布を被っている女は落ち着き無く室内を見回す・・。瞳の色は恐怖に染まり、自身の身に起きた不幸に嘆いていた。

『・・・助・・け・て・・もぅ・・ゆる・・・し・て・・』

微かな吐息と共に吐き出された力ない声は、確かに“誰か”に向かって発せられた物だった。しかし・・その音に反応する気配は無く、室内は寒さが増すだけだった。女は“部屋の中に降る雪”を見ながら思った・・・。

《あんなゲーム・・やらなきゃ良かった・・》

流す涙さえ頬を流れる事は無く、結晶と変わり果てる・・既に寒さを感じる事は無くなり、逆に温かさの幻が身体を包み始める・・・最後の時の襲来を朦朧とする意識の中感じ始めた女は、ある物を目にした。“誰もいる筈の無い”室内に、唐突に人の気配を感じたのだ。女は最後の力と希望を動かし、その気配の有る方に目をやった・・そこには銀の髪をした氷の様な眼を持つ男が1人・・女を見下ろす様に佇んでいた。男はこの世の物とは思えぬ程の美貌と、冷気を帯びて確かに存在していた。女の顔は恐怖に染まり、逃げる事の出来ない身体を呪った。怯える女に少しづつ近付いて行く男は、微かに微笑みながらその冷たい白い手を女の頬にあてる・・・その瞬間・・・女は一度だけ、大きく息を吸い込んだ・・・。男の手が触れている場所から、女の身体全体に白い氷が這う様に広がって行く・・声を発する事も、息をする事すら出来なくなって行くのを感じながら最後に見た物・・それは、この世の者ならぬ最美なる微笑み・・・・女は小さく息を吐くと、そのまま2度と動く事は無かった――――。男はそれを見届けると女から手を放し呟いた。

『この女でも無かったか・・我が花嫁よ・・お前はこの街の何処に隠れている・・?』

男は立ち上がり、窓辺へと歩み寄って行く。白々と明け始めた蒼空に太陽が顔を出す・・男はそれを黙って見詰めていた。

『・・・次は何処を探そうか・・・』

形の良い仄紅い唇がそう語ると、一度だけもう動かなくなった女を見た。女は目を見開いたまま、悲しげな表情を浮かべている・・あたかもそれは美しい彫刻の様で、男は満足げに微笑むと最後の言葉を掛けた。

『些か下賤なお前だったが、今は見惚れる程美しいぞ・・・。』

冷徹な微笑を浮かべる男の背に朝日が重なる・・・男の銀色の髪が透ける様に輝くと、朝日の光を遮る様な冷気が窓を凍て付かせて行った。光を遮られた部屋は仄暗く・・静寂に包まれていた。男はその中をドアに向かい歩き始めて行く。凍る床はシャリシャリと音を立て、男の後を惜しむ様について行く・・・静かに開けられたドアの外は初夏に相応しい朝の気温で、その部屋で起きていた事が架空の出来事の様に思わせる。男は少し眩しそうにすると、何も言わずその場を去って行った。残されたドアは軋んだ音を立てながらゆっくりと空間を閉ざして行く・・・そして人気の無い廊下に暗い音を響かせた時、ようやく全ての世界が平常に戻った。ただ一つ・・・女の死を除いて・・―――。





朝の街は動きだし、人々が慌ただしく日常に追われ始める頃・・・灯華(とうか)は自分のベッドの中でまどろみと闘っていた。昨日は夜遅くまで試験勉強していたせいか、スッキリとした目覚めを迎える事は困難だった。頭では遅刻や電車の時間等・・気に掛かる事が過ぎる物の、どうにも身体が言う事をきかない。このまま天国の様な布団の中で過ごす夢を見ながらも、何処か頭の隅が現実に戻れと叱り付けていた。しかめっ面をしながらどうにか身体を起き上がらせ、洗面台に向かう・・途中テレビのリモコンを手に取り、電源を入れる。朝のニュースが流れ始め、寝ぼけた頭に刺激を与え始める・・・鏡には短めの髪がくしゃくしゃに絡み合い、細面の顔にかかっていた。それを軽く手櫛で直し、顔を洗い始める。割と華奢な体型には似合わない大きめのシャツが、顔と共に水で濡らされて冷たさを感じさせる。灯華はそれを訝しげに見ると、手で払う様な仕草をしてみせる。しかし殆ど気にする事はせず、そのままシャツを脱ぎ捨てると洗濯機に放り投げその場を後にした。
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