京都市左京区吉田新町一の□□□の一の一千◯二十二


□「BLIZZARD〓蒼夢〓」(月夜野さる著)
1ページ/13ページ

第1章 〓【接(マジヮリ)】〓


暗い夜道を走り、見慣れない家の中に入って行く・・・廻りの家よりも少しばかり立派な、ドアへと続く小さな道・・・私は車を降りて、その道をゆっくりと歩んで行く。靴が砂利に微かな音を立て、静まり返った暗闇に広がっていく・・・その音がコツンと音を変えた時、私はやはり当たり前のように呼び鈴を鳴らした。・・・そればこの身体の主″の身体に染み付いた記憶でもあり、今にも消え去る記憶の炎でもあった。僅かな間を置き、家の中から1人の身綺麗な老婆が私を笑顔で迎える。新しい宿主の゙身体の記憶″を探し、その者と同じ様な立ち居振る舞いをしてみせる。

『お帰りなさいませ、坊っちゃま。今日は遅かったのですね?』

『あぁ、留さんただいまぁ。父さんと母さんは?』

『旦那様達はお出掛けですよ。医師会のパーティーがあるとか・・・』

『はは、相変わらず忙しそうだね。』

『坊っちゃま、お夕食はどうなさいます?』

『ん〜・・後で食べるから、留さんは時間だろ?帰っても良いよ。』

他愛ない筈の・・この短い会話の中に何か感じたのか・・・不思議そうに私を見る老婆の目が何かを探ろうと蠢く・・しかし分かる訳は無い。彼・・雪村の意識はあの本と共に、永遠の世界へと消えたのだから・・・。

『・・では、そうさせて頂きます。』

老婆は一呼吸おいてから、小さな声でそう告げた。疲れているから・・大方そう言う事で疑問をねじ伏せる事にしたのだろう・・・私は老婆に微笑みながら別れを告げる。

『ご苦労様、又明日ね。』

老婆は軽く会釈すると、背を向け仄明るい廊下の奥へと消えて行った。
階段を上り、自室へと向かう間にも、耳は階下の気配を探り続ける・・・遠くでドアの閉まる音が、空気を伝わり私の耳に届く・・・私は廊下の窓から庭先へと視線を泳がすと、老婆が小さな荷物を手に足早に闇に消えて行くのが見えた。待つ者が居るのだろうか・・・らしくない考えが頭を過ぎる。
自室のドアを開け、気に入りの椅子に腰掛け灯を消す・・・歳の割に落ち着いた室内は、私に一時の安らぎを与えた。

『ふぅ・・・』

溜め息を付き、窓へと視線を流す・・・僅かに開いたカーテンの隙間から、夜の帳がこちらを覗き込んでいる・・・。永遠に続くかと思う程の暗闇の世界・・・音も無く人の気配も無い・・・けれど遥か彼方に感じる温かな気配・・・。

私はその光景を知っている・・・それは遠い昔から見ていた、外へと通じる空間の裂け目に似ていた―――。何時からあの中にいたのか・・・永きに渡る孤独の中で、私を救い続けたのは・・・冬華(とうか)・・お前の存在だった・・―――。何度も繰り返し生まれ変わるお前を求め、焦がれる私はようやくお前に触れる事の出来る身体を手に入れた。――・・目を閉じれば鮮やかに思い出す・・お前と過ごした儚くも幸せな日々を・・・。




お前との出会いは豊かな自然に囲まれた、山間の小さな村だった。
その頃の私はまだ完全に封印されておらず、自らの意志で自由に本の中や外に行き来し村から少し離れた社に住居を構え日々動物達と過ごしていた。優しい人々と過ごす穏やかな時間・・・そんなの中で何時も感じていた事・・・それは“自分は孤独である”と言う事だった。
何時から此の本に封印され、何時解放されるのか・・・何世代も入れ換わる見知った人々の魂を、独り見続ける私の手に残る物はあるのだろうか?そんな思いが何時も私を縛り付ける・・・。

『主様ぁ!』

可愛らしい幼さの残る声が、私の耳に届いてきた。小さな・・まだ幼い5人の巫女達が私の元へと駆け寄る。温かな小さな手が私を求め触れる時だけが、その孤独感から逃れる為の唯一の物だった。

『おぉ・・お前達か・・遊びに来てくれたのか?』

各々の頭に優しく触れながら、私がそう答えると巫女達は嬉しそうに微笑みながら言う。

『そうだよ!主様が淋しがらない様に、皆で来たの!?今日も“言葉遊び”しよう!?』

一番に駆け寄り、私に抱き付いたまま話し掛けるのは村長の娘で華織(かおり)と決まっていた。華織は頭が良く、小さいながらも麗しい容姿をしていた。

『今日はあたしが先ですよ。割り込みはずるいです!』

わがままな火美子(ひみこ)を口切りに、火都美(ひとみ)、火澄(かすみ)と言葉が続いて行く。

『あー、ダメェ・・昨日の順番ならあたしからよ!』

『主様ぁ、あたしからですよね?』

静かな社の中に、娘達の明るい声が響いて私の心にも温かさの灯が灯り始める・・だが・・何かが足りない・・・?

『はは・・・分かってる・・順番に遊ぼう・・・?・・・華織・・冬華はどうした??』

私のその問い掛けに華織は眉根を寄せた後、とてもつまらなそうに答えた。

『冬華はまだ、ババ様の勉強が終わっていないの。当分来れないと思うわ・・』

華織の言葉に他の巫女達も同じ様につまらなさそうな顔をし始める・・・それに気付いた華織が、笑顔で私や他の巫女達に語りかけた。

『ねぇ、主様・・今日はお話して?主様のお国の話が良いわ。さぁ、皆も中に入りましょう?きっと冬華もその内来るわ。』

『そ、そうね。行こう!』

巫女達に手を引かれながら、半ば強引に社の中へと入って行く・・・その当時の冬華は本家の1人娘だった。小さな弟と、母親の3人暮らし・・・父親は山に獲物を取りに行ったきり行方知れずだった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ