京都市左京区吉田新町一の□□□の一の一千◯二十二


□「Saudade - サゥダ-ジ - 」(さる作)
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遠ざかる戦艦を眺めながら、酒を一口口に含む・・・最早感じる事を放棄し始めた身体に冷たい液体の感触が心地良い・・身体がふわりと揺れ、マスターの大きな腕の中に凭れ込む。少しづつ暗くなる意識の中・・・急にマスターが私に問い掛けた。


『お前さんの本心を聞かせてくれ。』


本心・・・そう言われてふと思い出したのは、もう遠い記憶・・・あの草原で2人佇み口付けを交わした幸せの一瞬・・・ガルル・・・貴方は私の血塗られた人生の中に差し込んだ、温かな救いの光その物

  ―――貴方と一緒にいたかった―――

叶う事の許されない願いを口にした時、頬に流れた涙が過去の記憶達を甦らせる・・・。
私が生まれた・・・今は消え失せた緑美しき“マイアース”・・・私達の一族が住むこの星に悪夢が訪れたのは私が12歳の頃だった。

『・・・お空から大きなお船が降りて来ます。』

何時もの様に草原で薬草を摘み帰ろうとしていた私に、同行者がそう告げたのは夕暮れも間近の時だった。其の頃の私は未だ“飢餓”を知る前で、人と同じく“食物”で空腹を満たしていた。
・・・あのおぞましい“飢餓”・・・私達の一族に付き纏う呪縛・・・生き物のエネルギーを吸い、其の命を奪い続ける宿命を背負わされた《永遠の旅人》・・其の寿命は長く・・・永遠と呼ぶに相応しい事から名付けられた。其の秘密はこの胸に咲く痣の下に住む、“ザナドゥ”と呼ぶ生き物が握っていた。この生き物は単体では生きる事が出来ず・・・寄生する事によってでしか生きられない貪欲な奴だった。其の生き物は寄生する見返りとして、宿主に驚異的な回復力と生命力を与えていた。何故・・・私達の種族が“ザナドゥ”に選ばれたのかは、長老ですら分からなかった・・・唯・・・伝え語りで私達の祖先が起こした戦いに巻き込まれ、死んでしまった人々の恨みや悲しみが“ザナドゥ”になったのだと聞いた・・・何れにしろ、子孫の私達には迷惑な話だと長老が笑っていたのを思い出す。

『・・・かなり大きいね。母様達が心配だ、皆帰ろう。』

私の言葉を待っていたかのように、摘んだ薬草もそのままに走り始めた。私達の秘密欲しさに今までも何隻かの軍船が此処に舞い降り・・・其の秘密ゆえに葬り去られたのを何度か見ていた私は今回もそうだろうと思っていた。風の様に速く走り私達の住む集落に後少しの所まで来た時、私は父様と数人の大人達に出会った。大人達は私達が帰宅するのを待っていた様で、私達の顔を見るなり急ぎ寄って来た。

『ミム・・・それから子供達、私達と一緒に来なさい。』

ミム・・・懐かしい私の幼名・・・今はもう誰も呼ぶ者の無い過去の産物・・・。大人達に連れられ、私を含めた子供達7名は“隠された洞窟”へと導かれていった。中に入ると其処には長老達5人と母様が佇んでいた。

『母様?如何したんですか?』

母様はとても綺麗な人で、凛とした雰囲気を持った女王だった。

『ミム・・貴女に試練の時が訪れようとしています。』

『え・・・?』

母様はとても悲しそうな目で私を見ながら、頭を撫でてくれた。父様は他の子供達に私と母様を囲む様に座る様に指示し、母様が行動を起こすのを待っていた。他の数人の大人達は何人かに分かれ、何かを警戒していた。

『・・・以前、“運命の儀”で貴女は長老の問いに答えましたね?自分の運命を変えて見せると・・・』

母様の問いにある事が脳裏に甦った・・・身体に身を守り、“ザナドゥ”を抑える為の呪音を刻み込む時に聞かされる生まれ持った自分の運命・・受け入れるか否かで刻まれる呪音が変わるこの“儀”で私は“一族を滅ぼす”運命を持っている事を知った。そしてもうひとつ・・・“永遠の愛”を手に入れる事も・・・私は反発し、答えた。“そんな運命なんか変えてやる”と・・・。意味が分からなかった・・・理解する事を恐れた・・・子供だった・・・。

『母様?』

私の声に母様は眼を伏せた・・・不安が胸に過ぎった。同時に長老達の呪音が洞窟内に響き渡り始めた。それは音楽の様な不思議な音色の古語で、私は余り良く分からない物だった。唯・・言葉の中に“我が身を守る印”と“ザナドゥ”があったのを覚えている。

『あ・・・痛い・・・!?』

長老と母様が同時に手を掲げ語尾を強くしたのと同時に、身体全体が何か鋭い物でギシギシと引き裂かれる様な感覚に襲われた。余りの苦痛に身悶え、自分の手足に目をやると今迄何もなかった肌に鮮やかな模様が浮かび上がっていた。母様は表情を変えずに冷たく私を見ている・・・そしてゆっくりと立ち上がると私に近付き、顎を掴むと自分に引き寄せた。甘い・・・脳が痺れる様な香りが私から思考する力を奪って行く―――。
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