京都市左京区吉田新町一の□□□の一の一千◯一十二


□「ZANTEN - 残天 - 」(さる作)
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『お腹は空いていない。今日の分の栄養はさっき取った物で充分だ・・邪魔をするな・・』

Lはそう言ったきり意識を書類に向けてしまった。最近のワタリの悩みは、この食事に対する無頓着さだった。成長期にもかかわらずまともな食事を殆ど取らないのだ。身体が欲する一日の栄養を計算し、それ以外は頭脳の為に取る甘い物しか受け付け様としない。効率良く生存する為だけの食事にしか興味を持てないLは、同じ年頃の子供の標準より少し小さめだった。其のアンバランスさが余計に彼の儚さを強調する。ワタリは溜息混じりにLに聞こえない様呟いた。

『・・・私が勉強するしかなさそうですね・・。』

再びLの方に視線を戻す。書類に没頭するLの横に、例の箱がある事に気付いたワタリはそっと話し掛ける。

『・・・L・・聞いても宜しいですか?』

煩そうな顔をしながらも、Lはワタリの質問に答える。

『・・・何です?』

『先程受け取った其の箱の中身は何か特別な物なのでしょうか?』

『・・・・・何故そう思う?』

書類から眼を外し、ワタリの顔を見るLは何故か楽しそうだった。ワタリは其の表情に戸惑いながらも、話を続けた。

『時間が無いと言っておられた貴方が、其の箱を受け取りに行かれた・・・其れが今回の鍵になっているとするならば、其の中身がK国にとって脅威となる物が入っていると考えたからです・・・唯、其の箱が余りにも小さいので・・・お考えを聞かせて頂けますか?』

話し終えたワタリを、この上ない笑顔で見るLは何時もより弾んだ声で答えた。

『お前は本当に面白いな・・お前と話す時が一番楽しい・・・今回の概要は分かっているか?』

『はい。今回の依頼はK国がU国の将軍達と手を組み、ある武器を使い世界各国の首脳を暗殺・・世界全てを掌握しようとしていると・・・K国は既に動き出し、其の兵器を開発・・間も無く其の輸送が始まると・・。私達がするべき事はU国の首謀者の拘束と、其の兵器の回収・・そう聞きましたが?』

『そうだ。この文書によればU国の裏切り者は、国を守るべき立場にある国防総省に居ると書かれている。しかも其の全てが上層部の人間で、内部事情を全てK国に流しているらしい・・・正確に言えば“腐った林檎”が国や軍の存在を脅かすに充分と判断したU国のお偉方は“内密に”其の存在を“消去”してくれと依頼、“消去”仕方は私に任せる・・・其処で私は彼等に一番効く方法を取ろうと思い、“ゴースト”にこの箱を作らせた・・・“シュレーディンガーの猫”をな・・・。』

子供らしからぬ不敵な微笑を唇に浮かばせ、箱を手に取るLは私の目の前に其れを差し出しながら話を続けた。私は其の片手に収まる程の小さな箱を受け取った。箱はとても軽く、中に何が入っているのか予想する事が難しく感じた。

『お前はシュレーディンガーを知っているか?』

『・・・確か、オーストリアの物理学者で波動学を建設した方ですね。以前読んだ本にそう記載されていたと思いますが・・・』

普通の子供が絵本の続きをせがむ様な・・そんな期待に満ちた表情で私の話を聞くLの眼が輝きを増す。

『そうだ。お前の知識も大した物だな。』

『有難う御座います。』

『“シュレーディンガーの猫”は其のシュレーディンガーが提唱した、量子論に関する思考実験で非決定論の矛盾を示す物だ。』

嬉しそうに・・・今、何が一番楽しいかを語る子供の様に話すLに複雑ながら感情を抱く。しかし・・余り人と話す事をしないLにもそう言う事が出来ると言うのをうれしく思ったワタリは、Lが疲れぬ様に彼の目線に合わせる為に膝を付いた姿勢を取った。其の事に気付き、少し照れ臭そうな顔をするLは少し間を置いて話を続けた。

『実験の中身は至ってシンプルだ。蓋のある箱の中に一匹の猫を入れる。箱の中には放射線物質であるラジウム、粒子検知器、青酸ガス発生装置・・・箱の中のラジウムがアルファ粒子を発生すると検知器が作動、青酸ガスが発生し猫は死ぬ。しかし、アルファ粒子が発生しなければ猫は死なない・・・架空の実験を基に学者達が様々な議論を展開しているんだ。数学的確率の問題として論議する者も有れば、生物学の延長として考える者も居る。“デカルトの海”の様に考える者も居たな・・・。』

話が進むにつれ、Lお言おうとする物が何なのかが分からなくなって来た私は再び同じ質問をした。

『・・・・申し訳有りません・・L・・其のお話とこの箱の中身についてのお話が如何繋がるのか、私には良く分からないのですが・・・。』

話し足りない様な・・不満げな顔をした後、椅子に深く座り直したLは指を噛みながら話し始めた。
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