京都市左京区吉田新町一の□□□の一の一千◯一十二


□「Long Version - J.I. - 」(さる作)
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場末の酒場に悲しみを湛えた男が一人・・煙草を燻らせながら酒を飲んでいた・・。凡そその場に相応しくない其の男は流れぬ涙を流し・・悔やんでも悔やみきれない想いを抱え、その場から動けないでいた・・・。グラスに残った酒を一気に喉へと流し込み、バーテンへと差し出す・・。其の様子を心配そうに見ていたバーテンが、首を左右に振りながらグラスに指を添え忠告する・・。

『・・・ガルルさん、もう止めときな・・酔えない酒を飲み続けても悲しみは癒えないよ・・?』

其の言葉にギッとバーテンを睨み付ける・・が、少し寂しげに微笑みながら煙草に手を伸ばした。深く・・想いを飲み込む様に深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す・・。俯き・・何かを想い・・眼を伏せる其の姿は祈りを捧げている様だとバーテンは思った。

『・・・邪魔をした・・』

煙草を揉み消し、席を立つガルルはカウンターの上に金を投げ其の場から去って行った。其の背中は声を掛ける事すら躊躇うほど悲しげだった。店を後にしたガルルは、ソーサーに乗り込むと天高く舞い上がり家とは違う方向へと向かって行った・・・。星々が煌めく天の下を暫らく走らせ辿り着いた其処は、何も無い草原だった・・。今夜は蜜月の夜・・大きな月は蜂蜜の様な光でケロン星を照らしていた。自分の影だけが草原の中で草と共に風に揺れている・・。ガルルは其の中で一人佇んでいた・・何をする訳でも無く、静かに月を見上げていた。不意に・・風が強く吹いた時、ガルルの耳に聞こえて来た声が有った・・其の声に弾かれ、ガルルは辺りを見回す。だが・・其処には誰の存在も無く・・月下草が一輪咲いているだけだった。其の華に・・そっと触れ呟く。

『・・・何故なんだ・・・』

再び風が吹き、彼を取り巻く草花が揺れ・・・其の上に一粒の雫が落ちて行った・・・。



その辞令は突然ガルルの下にやって来た。中尉になって初めて下された其の辞令は、拍子抜けする位簡単な物だった・・。

《本日 1430よりアルル生物学研究所にて 護衛任務を命ずる 》

アルル生物学研究所・・それは最近良からぬ噂が絶えない場所だった。人体実験や裏で違法な取引をしている等・・ケロン星最高の頭脳を持つと言われ、本部からの開発も任されている博士には似付かわしくない噂ばかりだった。しかし、火の無い所に煙は立たないとアサシン達が内偵に入ったばかり・・今更そんな場所に誰の護衛をしに行くと言うのか・・?ガルルは多くの疑問を持ったが、辞令である以上逆らう事はせず任務としてやりこなす事を決めた。それに簡単な物程侮ってはいけないと散々聞かされて来た・・何も意味も持たない辞令を本部が出す筈もないしな・・そんな事を考えながら研究所へと向かった。・・其の研究所は中心部からかなり離れた場所に存在し、部外者の侵入を嫌う様に周りを高い塀で囲っていた。ガルルはその塀を訝しげに眺めながらインターフォンを鳴らした。一瞬の間を置いて・・塀の上のカメラが動き、女が答えた。

『・・何か御用ですか?』

『本日より護衛を務めさせて頂きますガルル中尉と申します。アルル博士は御在宅でしょうか?』

『・・入って・・右の研究所にいます。』

女はそれだけ言うと、固く閉ざされた門を開いた。軋んだ音を立てながら開けられた門は、ガルルが中に入ると直ぐに閉ざされた。この一切を拒絶する様な行動は、世間の言う疑問を抱かせるには充分な物だった。しかし・・ガルルは他の事に気を取られていた。それは今まで嗅いだ事の無い・・甘く魅惑的な香りだった。庭木には華が咲いている気配は無く、その香りが何なのか・・何処から香ってくる物なのかそんな事を考えていた。程なく歩いた先に見えて来たその建物は薄暗く、人の気配が殆どしなかった。其の入り口の扉は研究施設には珍しい金属製の扉で、専用コードと生体コードが一致しなければ入る事が出来ない物だった。

『・・・一般の研究施設と聞いて来たのだが・・このセキュリティは珍しいな・・。』

ガルルのそんな呟きに答えるかの様に、何処からか年老いた男の声が聞こえて来た。

『・・此処には私の研究結果の全てが保管されていますからね・・・ようこそガルル中尉・・中へお入り下さい・・。』

耳を塞ぎたくなる様な不快な金属音と共に開かれる扉・・庭の明るさとは反対に、暗い室内が不気味さをより醸し出していた。そして其の奥に・・白衣姿の老人が佇んでいた。老人はゆっくりとガルルに近付き、眼鏡越しに暗い瞳を光らせながら観察する様にガルルを見詰めながら口を開いた。

『・・初めまして・・中尉。私が此処の責任者・・アルルと申します・・さぁ、此方へ・・。』
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