京都市左京区吉田新町一の□□□の一の一千◯二十二
□「BLIZZARD〓蒼夢〓」(月夜野さる著)
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そのせいか冬華の母親は一日の大半を、夢を見ているかの様に虚ろに・・・山を見つめて過ごしていた。時に悲しげに・・時に苦しげな母親は、恐らくは正気ではなかったのかも知れない。そんな母親を気遣い、冬華は幼いながらも弟の面倒や母親がすべき本家の仕事を先代当主のババ様と共にやりこなしていた。何時も笑顔で辛い顔一つ見せずに・・・大人達はそんな冬華を温かく見守っていたが、巫女達は違う気持ちを持っている様だった。
『さて・・・どんな話が良いんだ?』
社に入った私達は、円陣を組む様に座り話を始めた。
『主様のお国の話が良いです!』
『あと、他の世界のお話も!』
元気良く手を上げ、そう言う巫女達に微笑みながら私は頷いた。
『あぁ良いとも・・・私の国はここから遥か遠い海の向こうにある・・一年の半分が氷に閉ざされた世界だ・・・』
私の中に残る僅かな故郷の記憶を探りながら巫女達に語り続ける・・銀に輝く雪原・・群れ走るトナカイ達・・舞い上がる雪が僅かに光る太陽に照らされ、その光を乱反射させる・・・私の話を皆興味深そうに聞き、光景を想像している様にうっとりとした表情をしている。
そんな時・・社の扉が勢い良く開かれその夢が霧散される。驚きの表情で後ろを振り返ると、冬華が息を切らしながら気まずそうに立っているのが目に入った。驚きながらも眉をしかめる皆の様子に、冬華は気まずそうに言葉を発する。
『あ・・・えと・・・遅れてごめんなさい・・・。』
心地良い夢を台無しにされた巫女達は、冬華のその言葉に反論した。
『・・・遅れてごめんなさいじゃないわよ!せっかく主様のお話を聞いて楽しかったのに、台無しじゃない!?』
『華織・・ご、ごめん!静かに開けようと思ったんだけど、つまずいて・・・ごめんね?』
華織のあまりの勢いに、冬華はひたすら謝り続けた。長い黒髪を揺らし・・小鳥の様に小首を傾げる冬華は、顔立ちこそは平凡な少女だった。だか・・その赤みがかった瞳は誰でも魅了する様な・・そんな不思議な輝きを持っていた。
『お前達・・・仲良くしなければ駄目だろう?さぁ・・・冬華もこちらに来て皆と話をしよう。』
冬華を攻め立てる巫女達に苦笑いしながらそう言い、冬華には仲間に入る様に促すととても嬉しそうに笑い私の隣りに座った。
『主様・・遅れてごめんなさい・・』
『ん?・・勉強が終わらなかったんだろう?仕方が無いさ・・ババ様は怖いからな。』
頭を撫でながらそう言ってやると、照れた様に笑いながら私の近くに腰掛けた。華織達は少しばかり不快そうな顔はした物の、諦めたかの様に次々に腰掛け話をせがんだ・・・ 其の時の巫女達の可愛らしい顔は今でも忘れてはいない。幸せだった過去の象徴・・・
自由と山々の囁きに囲まれながら過ごした儚くも確かな日々・・・・。
夕刻近くまで話を続け、名残惜しげに帰る巫女達の背を優しく見送った私は其のまま社へと戻り本の中で眠りについた。私の巫女達は家までの道のりを、楽しげにじゃれあいながら歩いていた。
『今日のお話も楽しかったです〜。』
『本当ね・・・途中で誰かさんが邪魔しなきゃ、もっと楽しかったのに・・』
意地悪く言い放ちチラリと冬華の顔を見た華織は、苛立ったように顔を歪めると冬華に近付き冷たい言葉をかけた。
『・・・なんでアンタみたいのが本家なのかしら・・・良い事?次も同じように邪魔したり、でしゃばったら許さないからね!』
『あ・・ごめんなさい・・私・・』
『言い訳なんて聞きたくない!・・・アンタみたいなの、主様の花嫁なんかにしないからね!?』
詰め寄る様に言葉を放つ華織に、冬華は言葉を詰まらせた。唇を噛み締め・・泣くのを堪える様に俯く冬華を一瞥した華織達は、そのまま冬華を置き去りにして帰路についた。一度も振り返ることなく小さくなって行く後ろ姿を、冬華は涙で滲ませながら見送ると独り家へと帰って行った。
――その様子を静かに見守る者が居た。
その者は冬華が家に入るのを見届けると、すぐさま私の居る社へと戻った。ロウソクの炎が揺れる社の中に足音もさせずに入ると、私が眠る本に呼び掛けた。
『・・・王よ・・我が君・・・只今戻りました。』
私はその声に呼び覚まされ、再び姿を現しその者を見詰めた。
『透(しゅく)か・・・?』
男は跪き、私の手にキスをし忠誠の証しをみせる・・・透は銀の髪に清らかな水の様な薄蒼の瞳を私に向け、今見て来た事を報告し始めた。
『我が君・・・今巫女姫様達の無事を見届けて参りました。』
『そうか・・ご苦労だったな。』
『いえ!そのようなお言葉・・・勿体なく・・我が君・・ご報告なのですが・・他の姫様達が冬華様をないがしろになさっておりますが・・・如何されますか?』
透の言葉に私は浅い溜め息をついた。
『困った者だな・・』
私のその様子に透も困っている様だった。