京都市左京区吉田新町一の□□□の一の一千◯二十二


□「Scarborough Fair」(さる作)
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私達は列車を降り、改札を抜けた。大きな駅はわりと小奇麗で、目の前には大きなステンドグラスが七夕飾りを大きく描いていた。駅の外へ出るとぺデストリアンデッキが私達を街へと誘う様に、左右に其の手を大きく伸ばしていた。

『・・凄いな・・・道路は広いし、緑も多い・・・こんな所に住んでみたいな。』

『そうですね・・・この先の道路も祭りの会場になってるそうですし、そちらに行って見ましょう。』

『あぁ・・あそこから下に降りよう。』

ライト君はアーケードに繋がる階段を指差しながらそう言った。祭りのせいもあるのか、大勢の人が同じ方向に向かい歩いて行く・・・私は暑さと人の多さに多少うんざりしながらも、ライト君と共に階段を降りアーケード街へと入って行った。広めのアーケード街ではあるものの、特に変わった様子も無い何処にでもある光景の中を歩いて行く・・・たまにお互いの顔を見ながら微かに触れる指先の感触を楽しんでいた。

『う・・・わぁぁ・・・・』

一つ目のアーケードを抜け、信号を渡ると其処から先は夢の様だった・・。大きな飾りがアーケードの天井から自分達の胸元まで其の飾りを風に揺らしている。其の全てが和紙で出来ていて、其の中を通り抜けるときの肌に触れる柔らかさがとても心地良かった。

『綺麗ですねぇ・・・』

思わず呟いた私の言葉を、ライト君はとても嬉しそうに微笑みながら聞いていた。其の笑顔を私は嬉しく感じ、互いが微笑みあった。私達は夕暮れ間近の街をゆるゆると進んで行った・・・アーケードの中は屋台の姿は無く、笹と飾りが風に揺れる音が人々の囁きと共に耳に其の存在を残して行く・・・・。初めて味わう心地良さに、何時の間にか手を繋いでいた私達は大きな道路へと出た。其処は車道を封鎖し、訪れる人々の休憩できるスペースを作り出していた。大きなケヤキ並木が道の向こうまで続き、其の木の下で寛ぐ人々を私は見詰めていた。そんな時、ライト君が私を遊歩道にあるベンチへと連れて行き、座る様に指示した。

『そろそろ喉も渇いただろう?竜崎は此処に座って待っててくれ。僕は信号の向こう側・・・ホラ、公園に屋台が集中しているから、何か飲み物と軽い食べ物でも買って来るよ。』

其の言葉に嬉しさを感じる反面、漠然とした不安感が胸に去来した。しかし、其れを悟られたくなくて笑顔で答える。

『・・・分かりました。気を付けて下さいね。知らない人について行っては駄目ですよ?』

『子供じゃないんだから大丈夫だよ。竜崎こそ此処は知らない街なんだから、動き回るんじゃないぞ?人も出て来たから少し遅くなるかも知れないけど、必ず帰って来るから此処にいてくれよ?』

想いあっている筈の言葉なのに、何故かお互い勘に触るものの気を取り直し夫々の行動に移った。ライト君の背中を見送りながら、再び並木道に眼をやると徐々にライトアップされて行く街並みが儚く・・・そして切なげな色を出し始めるのを感じた。葉擦れの音も小さくなり、人々の騒めく音だけが耳に大きな痕跡を残して行く。廻りを歩く人々は私など存在していないかのように通り過ぎて行き、其処に置き去りにされた様な感覚にあのイメージが再現されて行く・・・。急に体温が奪われて行く様な感覚がおき、身体の中心から冷えて行く。夏の夜だと言うのに感じるこの寒さは、焦燥感と言う物だろうか・・・?此処には自分しかいなくて、目の前の景色は記憶の残像の様に色褪せ始めた。慌てて現実を・・・ライト君の姿を探すが、未だ戻る気配が無い・・・私は膝を抱えながら椅子に座り、指を噛み始めた・・。この感じる痛みこそが私を現実に踏み止まらせているのだと思った。

そんな時・・誰かが私の肩に触れた。
驚き顔を上げると、其処にいたのはワタリだった・・。

『ワタリ・・・如何して・・・?』

『・・・貴方を影ながら支えるのが私めで御座います。・・・大丈夫ですよ、竜崎・・・間も無くライト様もお戻りになります。貴方は此処に存在し、私やライト様と共にお祭りを楽しむのです。』

小さな子供をあやす様に、ゆるゆると頭を撫でるワタリにこの上ない安心感を得る。照れ臭さに眼を瞑れば、何時か見た光景や違和感もワタリと言う存在を得る事で解消されたのを思い出した。あの時感じた物・・・其れは“普通の子供としての幸せ”を持っていなかった自分と言う存在・・・そして・・・
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