loud songs
□ポクポン
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無謀なスケジュールでZeppを回るツアーも、名古屋を終えて折り返し。まだまだ忙しいけど、メンバーも俺に家庭があることは知っていて、東京に帰るのも自然に受け入れられる。でも、俺がここへ来たのは。
見慣れたドアを開いて、きっと俺以上に寂しがっていてくれたはずの恋人と、久しぶりの邂逅。
「けんちゃん、ただいま。」
返事はないが、勝手知ったるなんとやら。リビングへ続く廊下を歩いていくと。
「わっ、はいど!ちょっとタイム!!」
…タイム、って
「なにゆうてん、けんち…」
無視して入ったリビングはなんだか妙な臭いで、サイドボードの引き出しに必死になにかを詰め込むけんちゃんの気まずそうな表情と対峙。
「…なに隠そうとしてんねん。」
明らかに怪しい。まぁ女とベットの上で真っ裸、なんてのよりはましかもしれないが、それにしたっておかしい。
「タ、タイムってゆうたやんかぁ…。あーもう絶対見せへんよ!これは俺のプライベートなのっ!」
怪しい。怪しすぎて疲れも吹き飛ぶわ。
このはいど様に隠し事しようなんて、1万年と2千年早いっちゅーねん!
「プライベート…かぁ。そぉなんや。けんちゃんからしたら…俺と一緒におることなんて仕事の一部なんや…」
映画2本も出たこの俺の演技力、舐めたらあかんで!
「えっ、ちょっとはい」
「そりゃそうやんな、バンドメンバーに付き合お言われて断ったりしたら仕事にも支障出るもんな…俺が…俺がけんちゃんのこと好きになってもうただけやし…。」
なーんて心にもないこと涙目で俯きがちに言ったら、案の定けんちゃん
「ちゃ、ちゃうよ!俺告白される前からずっとずっとはいどのこと好きやったで!人生で1番うれしかったんやであの日!」
なんてオロオロしながら、言ってる。ほら、こっち来た…。
けんちゃんの腕が俺を抱きしめようとした瞬間。
「知っとるよーだ!!」
身長差を利用して下からけんちゃんの腕を摺り抜け、サイドボードの引き出しを勢いよく開けた。
「あっ、この小悪魔!見たらあかーん!!」
しかしもう遅い。俺は中を見てしまった。引き出しに詰め込まれていたのは…
「え…?毛糸??」
黒、肌色、茶色と、何だか地味な色の毛糸玉に、数種類のハギレ。そしてなぜかボンド。あぁ、リビングに入った時の変な臭いの正体はこいつか。下の方にはハサミも。
しかしなんでこんなものを隠したりしたのだろう?当のけんちゃんはバツの悪そうな顔で、何やらもじもじしている。もうえぇ歳のでっかい男が何してんねん…。
「…けんちゃん、これ、なにしてたん?」
「だぁーもう!だからタイムって言うたのにぃ!」
「けんちゃん、それはさっき聞いた笑 なにしようとしててん、教えてやぁ。」
「いやや絶対言わへん!はいど笑うもん!」
「笑ったりせぇへんて。約束するから。」
「ほんまに?」
つぶらな一重の目で、唇を尖らせながらこちらをジロリと睨むけんちゃんは、何だか子供のようでかわいらしいことこの上ない。
散らかったテーブルの上に置いてあった小さな人形を指差しながら。
「…これ。」
いや、これ、だけじゃわからんやん汗
だがそれはよく見たら。
「…俺のポクポン?」
赤みがかった茶色の毛糸の髪、羊の角、針金で牙を、ビーズで臍のピアスを表現した、それはVAMPARKの景品。
「…知り合いにもらってん、こないだ。そしたらその娘がな?」
『ほら、見て見て、けんさん!カズさんのと一緒に付けると、VAMPSポクポン♪かわいいでしょ?』
「その娘の前ではそんなん言わへんかったけど、おもろなかってん!んで、見てたらなんや簡単に出来そうやったし…毛糸くらいいっぱいその辺で売ってるから…その…」
それってけんちゃんまさか…
「もしかして自分のポクポン作ってたん?」
「え、えぇやろ別にっ!あーもぉ、恥ずかしっ!!」
「くっ…ふふっ、あはははははは!!」
「ほぉら笑ったほぉーら笑ったぁぁ!!もう知らんっ!はいどのバカぁ!!」
ちゃうよ、けんちゃん。バカにして笑ってるんやなくてさ。
小さな人形のことで一生懸命になったり、一人、部屋で毛糸やハギレと格闘するけんちゃんを想像したら、ただあまりにかわいくて愛しくて。
「ごめん…あははは笑」
拗ねるけんちゃんを、笑いながら抱きしめた。
「ただいま。笑ってごめんな?でもうれしい。」
ふん、なんて言いながら、しっかり抱きしめてくれた。久しぶりの、愛しい人の感触。
「おかえり、はいど…寂しかった。」
あぁ、もう俺、明日足腰立たなくなってもいいや。
でもさぁ。
「けんちゃん、そない器用やないんやから…あとで俺も手伝うよ笑」
引き出しからのぞく、いびつな肌色の球体と、それに描かれたヒゲらしき黒い点々を見ながら言った。
end