短編

□前日
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【22:53〜  】

葛原真は車を――山道の脇に寄せてから――止めた。
助手席に置いていたバックから懐中電灯を取り出すとチャックを閉め、肩にかけ、外に出た。
カチャッ
電源をONにし、立ち入り禁止と書かれた看板を横目でみつつ、村への道を塞いでいる柵を越えた。
サクッサクッと背の高い草を掻き分ける様にして前に前にと進んでいった。
羽生蛇村への行き方など知らなかったが、進んでいけば着くだろうと楽観的に考えていた。

「はぁ、虫除けぐらい買ってくるんだったな」

溜息をつきながら、何度目になるだろう。自身に針を刺している蚊を叩き潰した。
大部血を吸っていたのか、掌には潰れた蚊の死骸と血。
それを見ながらまた溜息をついて真は掌を叩き合わせて蚊と血を掃った。
何分歩いただろうか。もう二十分ぐらいは歩いただろうか。歩きっぱなし。
あぁ、時計を持ってくるのを忘れた。しまったなぁ。
それよりも―――

「・・・かゆい」

首、右頬、左腕、脹脛(ふくらはぎ)を順に掻きながらも、足だけはなんとか動かした。
クシャッ
草の高さが低くなった。
見ると、何度か踏まれたのか、道が獣道が出来ていた。
鹿か、猪か・・・野犬というのも頭に入れておいた方がいいのだろう。

「熊は流石にいてくれるなよ」

口にしつつ、自嘲的に笑った。
真は獣道を歩かぬようにと考慮し、自身は真っ直ぐ山を登って行った。
野性の動物と顔を合わせるなど、都会生まれ都会育ちの真としては遠慮したいものがあった。
そもそも、勝てる気がしないのだ。
戦う術・・・武器になりそうなものなど一つたりとも所持していないのだから余計にだ。

「ま、いざとなったら木に登るしかないな」

だが、もし熊に出会ったらどうすればいいのだろう。
はて、熊はそもそも木に登るんだったか?
真は自問しながら自身の学の無さに苦笑が零れたのだった。
バチッ
右肘を叩いた。また蚊が血を吸っていたからだ。

「あー、これだから夏は」

と、文句を言いつつ真は夏が好きだった。
だった・・・過去形。好きだった。10年前の夏休みに友人が行方不明になるまでは。
あくまでも“行方不明”に・・・だ。
真は未だに友人――須田恭也――の死を認めていなかった。
10年経った今でもだ。流石に待ちすぎて自分でも気持ち悪いと思うのだが、信じる気持ちを捨てきれなかったのだ。
だが、10年経った今更・・・どうして自分は友人を探しに来たのだろう。
この、羽生蛇村跡に―――

真は木に体重を預けながら、村跡を見下ろした。
小さい・・・・・・小さい村。

「恭也ぁ・・・」

お前はどうして行ってしまったんだ?
どうして居なくなってしまったんだ?
どうして帰ってこないんだ?
どうして・・・どうして・・・。
自分でも怖いほどの執着が真にはあった。

「依存・・・していたのかもしれないな俺は、恭也に」

今でもゾッとする。
そう、俺は・・・この執着心、依存心を断ち切るためにここに来た。
10年経った今、ここに来たのだ。

「顔なんて、もう覚えてないのにな」

真は懐から一枚の写真を取り出した。
いつ撮ったのか忘れてしまった、古びた写真。
その、写真の中の二人の少年は肩を組み、楽しそうに笑顔を浮かべていた。
もう見ることの無い、二人の少年の過去の一枚だった。




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