SHORT

□アゲハチョウ
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「…夢を、見たんだ」
「…夢?」
「うん」
流架は、今朝見た夢を思い出しながら、笑った。
「棗がいて…みんなで、あの家で…楽しかった夢」
「…」
それが何を指すのか、判った棗は眉を潜めた。
「…」
あの頃、全てが楽しかった。
何でも出来ると思っていた。
汚い世界も、何も知らなくて良かった。
「棗、早く…大人になりたいね…」
ぎゅっと、裾を掴む。
「…流架…」
俯いて、ちょっとだけ涙ぐむ流架の頭を、ぽんぽんと叩いた。
早く大人になりたい。
そう思ったのは、もう何年前のことだろう。
あの日から、この思いは強くなる一方で。
でも、簡単なことではなくて、叶うまでが長い道のりだ。
「あぁ、そうだな…」
優しく微笑みかける、棗に流架はつられて笑った。
「棗…大好きだよ」
「……あぁ、俺もだ」
そういった影が、小さく重なった。
どんなに辛くても、君がいるから我慢できるんだ。
いつになるか判らないけれど、必ずあの日々を取り戻そう。
「なつ…」
「行くぞ、流架…」
頬を赤くした、流架を横目に棗は歩き出した。
流架は、口元を恥ずかしそうに口元を押さえながら、先を歩く棗を追いかけた。
「ま、待ってよ棗//」


春の麗らかな日差しが、射す。
伸びる影を追いかけた。
置いていかれたくなくて。
待っててくれる、彼の下に。
熱る頬を抱えながら、いつもと変わらない日々を送るために。

「あ…アゲハチョウ…」
「…」
見上げた先に、夢と同じアゲハチョウ。
漆黒の翼で優雅に舞う、綺麗な思い出の架け橋。




少年は、空に舞い上がる蝶を見て、くすりと笑をこぼした。







いつか、絶対あの日を取り戻そう…―――






心の奥底で
彼は、秘かにもう一度誓った。










END
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