クオレン。やや長め。



「うぇぇ、重い……」

 今日の夕飯はすき焼きにしようと思い、スーパーで食材を買い込んだ。しかし、食べる人数が多いから量が尋常じゃない。
 こういうときに限って皆忙しいんだよな。ホント、ツイてないや。

「文句言っても仕方ない、か」

 大きい三つの買い物袋を持ち直して歩き出す。重さで持つ部分がちぎれるんじゃないかと不安になった。
 ふと空を見上げるとどんよりと黒い雲が集まってきている。スーパーに行く前から結構曇っていたけど、これは一雨来そうだ。

(早めに帰らないと……)

 そう思った瞬間、鼻先に水滴が落ちる。そしてそれは頬や額にも落ちてきた。慌てて近くの文具店の軒下に避難する。それから本格的な雨が降るまであっという間だった。
 女子高生が「サイアクー!」と言いながら目の前を横切っていく。道行く人々も頭に鞄を乗せて走り出したり、折り畳み傘を出したりしている。

「……嘘だろ」

 どうしよう。
 いつもならバックに折り畳み傘を入れて持ち歩いているけど、今日に限って入っていなかった。そう言えば、朝にミク姉が借りるよーって言って持っていったんだっけ。公衆電話を使ってマスターに迎えに来て貰うってのもあるけど、まだ仕事中だろうしなぁ……。不幸って重なるものだとしみじみ思う。

 となると、今のオレに選択肢は二つ。雨が止むまで待つか、雨の中を強行突破で帰るかだ。
 多分前者が利口な判断なんだろうけど、早く帰らないと夕飯の準備が間に合わない。

(仕方ない、突っ切るか)

 決心し、走り出そうと足に力を入れたとき。

「レン」

 名前を呼ばれた。
 きょろきょろと辺りを見回すと、目の前から見慣れた緑髪がこっちにやってきた。

「クオ兄!」

「やっと見付けたよ」

 近くに来たクオ兄の傘に入る。クオ兄はオレの手から袋を二つ受け取った。代わりに傘の柄を持とうとしたけど、身長差があるからやめておいた。
 二人で帰路に着く。クオ兄は無言で前を見ていた。

「迎えに来てくれたの?」

 迎えに来てくれたのが嬉しくて、オレは笑顔でありがとうと伝える。
 そしたらクオ兄は少し眉間に皺を寄せながらこっちを見た。

「どうして連絡しないの。迎えに来てって言えばすぐ行くのに」

「う、いや、だって……」

 クオ兄、ずっと新曲の練習してたから疲れてると思ったし、クオ兄の手を煩わせたくないし。「こんなことで呼び出す面倒なヤツ」とか思われたくないし……。
 ごにょごにょと言葉を濁していると、クオ兄は大きな溜め息を吐いた。何だか申し訳なくなって、オレは俯いた。

「君はもっと甘えなよ」

「え、や、もう十分甘えてるから……」

「じゃあもっと甘えていいよ」

 ……なんか、いつものクオ兄と違う。
 そう思ってちらっと見上げると、クオ兄は優しそうに微笑んでいた。普段ツンツンしてるクオ兄からは想像出来ないような、柔らかい表情だった。

「………っ」

 なんだろう、急に胸の奥が痛くなった。
 一瞬躊躇ったけど、思いきって余った手でクオ兄の服の裾を掴んでみる。凄く恥ずかしい。恥ずかしくてクオ兄の顔が見れない。

「もっと頼っていいよ。レンは、特別だから」

 重ねられた言葉に、頭の芯が沸騰した。このままだと、幸せすぎて死んでしまう。


 ……でもそれも悪くないかな、なんて思ってしまう辺り、オレはもうダメかもしれない。




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全ての不幸を覆すほどの幸せ。




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