「馬子さん」


「ああ、太子。おはよう」


「おはようございます。

傷も大分良くなってきたので何かしたいのですが…」


「では…、

まずは今のこの国について知りなさい。

仕事をするにしてもそれからだな」


「はい」


「この建物のことは覚えているのだろう?

自室で今まで自分がやってきた仕事でも見ると良い」












冠位十二階

十七条の憲法

遣隋使の派遣



「…私の、思い描いてきたそのままが」



ここに、あった。



寺も建設し、

仏教も広まったのだろうか。



…そういえば、まだ民を見ていない。


一応…倭国や他の国についても把握したし…

現状を知るには実際に見るのが一番だし…

休憩も兼ねて

外に出てみようか。



ああ、私の愛する倭国の時は

平和に

穏やかに

流れているだろうか。















さて…


「迷った…」


どうしよう。



よく遊んだ場所が所々変わっているのが、

何故か見ていて楽しくなってきてそのまま進んでいたら

どこでどう間違ったのか…

いつの間にか知らない場所にいた。



…知らない場所なんてもうないと思ってたのに。


やはり子どもの遊ぶ範囲などたかが知れている、か。




「あれ…、ブランコ…」


丘の上、子どもも来ないようなこんな場所に

木の枝に紐で括られただけの簡素なブランコが

ぽつねんとそこにいた。



いや、…誰かいる。




近づいて見てみると、

その人物はどうやら大工のようだった。




とりあえず、声をかける。



「…太子」


彼は呆気にとられたような面持ちで

そう、噛み締めるように呟いた。


「怪我をされていると聞きましたが…、大丈夫なんですか?」


「ん、ああ。もう大分良くなってね。

少し散歩するくらいなら全然平気だよ。


それより…これ、君が作ったの?」


「いえ、実はこれを取り外すよう頼まれていて」


(本当は、貴方に見つかる前に、と。)


「はは、大工の君がわざわざすることじゃないのにね。

壊れてるの?」


「特に使うのに支障がある所は無いですね」



「じゃあさ、私にちょうだい。

なんだか気に入ったみたい」



「え、と…」


「良いだろう?もったいないし」


「…はい。

では僕は…これで」


「じゃあね。

また、会ったら話そう?


君としゃべってると、
懐かしい感じがするんだ」



「…はい」





どうしてか、彼は寂しげに笑って去っていった。












さみしい、

さみしい、

さみしいよ。


こんな気持ち、

一度だって抱いたことがなかったはずなのに。




さっき彼とおしゃべりしたからだろうか。

そういえば、名前すら聞いていない。

だけどまた、会えるだろう。


そう考えたらさみしさは薄れたけど、

何故か哀しさが湧きあがった。



また会える。

誰に?

さっきの大工さん。



……何も、間違ってはいないでしょう?












「太子!!」


「…只今、戻りました」


「どこにいっておったのだ…。
まだ一応怪我人ということを忘れては困る」


「すみません…」


「どうした、顔色が良くないぞ」


「…いえ」


「なら、部屋に戻っておれ。
今日はもう休むと良い」


「…、あ…馬子さん」


「なんだ」


「私は…何か変わりましたか?」


「…なんだ、それは」



「私は何かとても、
大切なものを失ってしまった気がするのです…」


「……。」


「…はは、おかしいですよね。
私には何も、ないはずなのに」


「…君にはこの国があるだろう」


「馬子さん」


「私には、何とも言えん」


「…すみません」







すっかり夜が更けた空には沢山の星が輝いていて、

それが何故か余計に孤独感を湧き上がらせた。


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