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ほどなくして夕月の身の異変を感じ取った九十九が他の騎士たちと共に駆けつけると、離れの塔の前庭でルカに抱えられた夕月を見つけた。

「夕月ちゃん!大丈夫!?」
「心配するな、ただ眠っているだけだ」
「良かった、夕月ちゃん...」
「十瑚ちゃん、泣かないで」

涙ぐむ姉を気づかいつつ、ルカの腕の中にいる夕月の様子を窺う。
彼の言った通り夕月は眠っていたが赤く腫れた目許が痛々しかった。

「...あの、夕月様を助けていただき、ありがとうございました」
「いや、夕月を助けるのは当然だ。少し遅くなって怖い思いをさせてしまったが...」
「貴方が居て下さって良かった。俺たちにとって夕月様はかけがえのない存在だから」

だからこそ護らなければならないのに遅れをとってしまったことを悔やむ。
彼が居なければ取り返しのつかない最悪な事態になっていただろう。
九十九はふと、ルカの視線が眠る夕月に優しく注がれているのを目にし、彼は本当に悪魔なのだろうかと疑問を持った。
こんな慈愛に満ちた瞳をした悪魔など今までに見たことも聞いたこともなかったからだ。

九十九の不躾な視線を感じたのかルカは顔を上げると事の顛末を淡々と告げてきた。
その内容に騎士たちは一様に表情を曇らせ、純真な夕月の心を案じた。

「夕月を襲った男だが、あれは闇に呑まれているぞ。気絶はさせたが殺してはいない。どうせお前たちが”剥離”するんだろ」

ルカが背後の塔を目線だけで促すと九十九は頷き、仲間に指示を出した。”剥離”には黒刀と千紫郎が赴くようだ。

「誰でも闇は持ってるけど彼は魔力が強い分、一気に表に出てきたんだろうね」

人が少なからず持つ闇の部分が綺麗な心を突如、呑み込んで人格さえも奪ってしまうことがある。
何が切っ掛けかは人それぞれで一概に言えないが、それが今回の事件の背景だったのだ。
一度、闇に呑まれた者は増大した闇の部分を”剥離”して洗う必要があり、その”剥離”という特殊な術を使えるのは騎士たちだけだった。

「お前たちに夕月を託すが...、心が傷ついている。できるだけ慎重に接してやってくれ」

ルカは黒衣に包まれた夕月をそっと九十九に預けた。

「...夕月ちゃん怖かったね」

十瑚が夕月の前髪を撫でて涙を浮かべる。九十九も今は穏やかに眠る皇子を見つめ、思い切ったように顔を上げた。

「あのっ!夕月様が目覚めるまで傍にいてくれませんか?」
「...俺は魔族だ」
「だけど、今の夕月様に必要なのは貴方なんだと思います!」
「私からもお願いします!」

まさか夕月以外の人間から真摯に請われるとは...。と、ルカは夕月との初めての出逢いを思い出していた。
魔族と人間の垣根なく無邪気に話しかけてきた小さな子供。
あの出逢いが全ての始まりだったのだ。

だからこそ夕月を大事に想うのならば応とは言えなかった。

「悪いが遠慮する」
「そんな!どうして!?貴方が居ないと夕月ちゃんすごく哀しむわ!」
「十瑚ちゃん」

名前を読んで姉を制した九十九は穏やかに、けれど少しだけ哀しみを内包した笑みをルカに向けた。
彼は夕月の立場を慮って敢えて辞退したのだと分かるから。

「優しいんですね貴方は」
「夕月限定だ」
「無理を言ってすみませんでした。...また夕月様に逢いに来て下さい」
「ああ、夕月を頼む」


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20120722

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