夏の夕暮れは遅く訪れる。
もう少しで約束の7時を迎えようとしていたが、太陽はその姿をやっと山の向こうへ隠した所だった。



これからの事を憂い、浅く吐息を吐く。

アカデミーや受付では全く感じないけれど、あからさまに男女が出会いを求める様な場で女性と接するのはかなり苦手なのだ。
同僚に言わせると仕事の虫である自分では巧い話が出来る訳も無く、場を白けさせやしないかと不安になってしまう。




それと同時に、この心を一層暗くさせる影



それは野外演習を終えアカデミーに帰る途中で顔を合わせてしまった、銀髪の上忍の事だった。


ナルトを嗜める大きな手と困った様に下がる色素の薄い眉。
自分の部屋を訪れる時以外至って普通に振舞う彼は、矢張り部下思いの厳しく優しい上司という印象しか抱けない。



忘れようと努力していた。
嫌われていると分かっているのに、伸ばされるあの手を拒めない自分が疎ましかった。

この気持ちを殺さなければいけない
これ以上彼の事を考えては駄目だ


普段は進んで参加する事の無いこの手のイベントに出る事を決めたのは、そんな理由からだ。

勿論直ぐにこの気持ちを打ち消せる様な女性に出会えるとは思っていない。
だが一人部屋で鬱々とするより、仲間と一緒に酒でも飲んだ方が気晴らしになるだろう。
それにもし其処で気になる相手が見つかればそれこそ一石二鳥だ。


今は辛くとも何時か思い出に変える事が出来る。
そう信じて、二度とあの男の事は考えまいと心に決めた。



(なのに今日に限って……)



広い木ノ葉の里、滅多な事がなければ受付所以外で7班を見掛ける事など無い筈なのに。
一目顔を見てしまえば決心は簡単に揺らいでしまう。



思い出すのは何時かの閨で見た優しい眼差し。
まるで想われているのかと錯覚してしまう様な穏やかな声と甘い口吻。

意地を張り続ける自分は中々その表情を伺う事が出来ないけれど、抵抗さえしなければ壊れ物を扱う様に優しく抱いてくれる。




同僚の上げた大声は多分彼にも聞かれてしまった。

それを聞いたカカシは何と思ったのだろう?
ほんの僅かでも、それに嫉妬してくれただろうか―…


そんな淡い期待を抱いては、馬鹿な事をとまた沈む。
変える事の出来ない現実に何度目かの溜息を吐いたその時、今夜の主催者である同僚がこちらに向かって声を掛けた。


「おっ、来た来たっ。イルカ、今日は期待して良いぞ!カワイイ子ばっかりだかんなっ」
「お、おう。楽しみだよ」


きゃいきゃいと賑やかな声と共に女の子達が居酒屋の個室に入ってくる。
可愛らしく笑顔を見せる彼女達を前に、早くも此処へ来た事を後悔し始める自分が居た。





* * * * * * *






結局、頻りに自分を三次会へ連れて行こうとする同僚の誘いを押し切って家路についた。
ずっと隣に座っていた女の子が寂しそうな顔で引き止めてくれたけれど、次の約束を取り付ける事も無く別れてきてしまった。



(悪い事したかな…)



同僚は初め数合わせの為に参加してくれと言っていたのだが、真実はそうでは無い様だ。
ハッキリとは口にしなかったけれど、今回のイベントはどうやら自分の為に企画されたものらしい。

多分、最近自分が悩んでいた事に気付かれていたのだろう。
心配してくれる同僚の心遣いが嬉しかったが、悩みの理由を知らない彼に申し訳ない気持ちで一杯になった。



「だけどなぁ…」



あの子。
印象的な二重の瞳を輝かせながら、子供が大好きだと話していた。
大人しそうな外見と反した積極的なアプローチに、幾ら恋愛事に鈍いと言われる自分でもその好意を気付かされた。

自分だって男だ、女性から好意を寄せられる事は単純に嬉しい。
だけど―…



例え彼女と交流を深めたとしても、今の自分では恋愛に発展させる事は難しいだろう。

だから。

先に帰った事は、彼女にとっても自分にとっても間違っていない筈だ。




ほんのりと酔いの回った身体を生温い夏の夜風に当て、そんな事を考えながら歩いていた。
ぶつぶつと独り言ちながら自宅アパートの階段を登り終えたその時、辺りを包む空気の色がパッと変わった。





「――ッ!!」




玄関の前にあの上忍が一人佇んでいた。

見てしまった此方が凍りつきそうな程、不機嫌そうな顔をして。




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