まだ蒸し暑い筈の夜。
それなのにヒヤリと冷たい空気が頬を撫でる。



(どうして…こんな所に…)



真っ直ぐに向けられる視線は射る様に鋭い。
突き刺さる尋常じゃ無い殺気に身動きが取れなくなった。




「随分と早いお帰りですね。久し振りにオンナが相手じゃイけなかった?それともやっぱりオトコかな」
「な…に、言って…」
「今まで合コンってのに行ってたんでしょ?センセのクセに随分と破廉恥な事してんだね」
「――なッ!」




棘のある言葉と共に右腕を思い切り引っ張られ、自宅のドアに押し付けられる。
目の前にはギラついた光を湛えるカカシの瞳。
抜け出そうともがいてみても上忍の腕力はビクともしなかった。



「香水……やっぱオンナだったんだ。ねえ、どうしてそんなのに行ったの?」



掴まれた腕がギリギリと骨の軋む嫌な音をたてる。
何時の間に取り上げられたのか、ポケットに入れていた筈の鍵はカカシの手の中にあった。
乱暴にドアが押し開けられたかと思うと玄関先に突き飛ばされ、カカシは当然の様に圧し掛かってきた。



あの時の会話は矢張り彼の耳に届いていた様だ。
だが、カカシから向けられるこの怒りの理由は何だ?

自分が合コンに行った事が気に入らないとでも言うのだろうか。
でも、それではまるで―




(嫉妬…して…?まさか…そんなワケ)




「やっぱり抱かれるより抱く方がいいの?でもダメだよ。アンタは俺のモノだから」



動きを封じられた身体の上をカカシの薄い唇が辿る。
時折チリリとした痛みが走り、所有の印が刻まれた事を教えた。


「やめ…ッ離せッ」
「誰にも渡さない。アンタは俺のモンだ」
「やっんんッ」


カカシの熱い舌先が閉じようとする唇を抉じ開ける。
飲み込めなかった唾液が溢れ出し、口の端から零れて落ちた。
忙しなく動き回る手によって既に衣服は乱されて、廊下の床板が素肌にじんわりと冷えた湿気を伝えている。



カカシの言っている事はまるで嫉妬深い情人の恨み言だ。
ありえない、そんな筈は無いと思いながらもカカシからの束縛を嬉しく思う自分がいた。


熱い吐息
熱い唇

カカシから齎される熱に体中が喜びの声を上げる。


滑稽なものだ。
この男を忘れる為に出掛けたというのに、その直後こうしてまた叶わぬ想いを強くしているのだから。



「ああ…やっぱりアンタは甘いね。唇も唾液も…」
「――ッ」


カカシが喉元に伝った唾液を舐め取りながら囁いた言葉に、全身がビクリと跳ね上がった。


甘い…
そうだ、この人は―…



「離せっっ!!」


身体の上のカカシを跳ね除け、傍らのアンダーを掴んで後退る。




甘いモノがこの世で一番嫌いだと言う男は、自分の事を甘いと言うのだ。

この世で一番、嫌いなモノだと。




「ちょっと!!何す…」
「甘いモノは嫌いなんだろう?!だったら俺に構わないでくれよッ!!」




女々しい。情けない。もう消えてしまいたい。

嫌われていると分かっていたのに。
一瞬でも想われているかもしれないと、有り得ない望みを抱いてしまった。




「嫌いな相手にこんな事して満足ですか?!もういい加減気が済んだだろっ」



もう限界だ。
自分に嘘をついたまま彼に抱かれ続けるのはこれ以上耐えられない。



「俺がどんな気持ちで…ッ! 俺はっ!!」


頬を滑り落ちた涙が節くれ立った板間に一つ又一つと染みを作っていく。
カンの良いこの男の事、もう己に寄せられている感情の種類に気が付いてしまったことだろう。




だけれど、そんな事はどうでも良かった。

いっそこの場でバッサリと切り捨てて欲しい。
そうしたら今度こそ、カカシを諦める事が出来る。




「アンタ…もしかして」




突然の抗議にあっけに取られていたカカシが色違いの瞳を見開いて呟く。
今までならどんなに嫌がっても捻じ伏せられて終わりだったが、今回はただぼーっと此方を見ていた。

この男でも驚く事があるのか。
だがその初めて見た驚きの顔がすぐ侮蔑の表情に変わるのだと思うと、胸がぐっと苦しくなった。




「なんだ、そうだったんだ…アハハハッ」
「なっ!!」




張り詰めていた空気がカカシの笑い声と共に闇に溶ける。

その顔に浮かぶのは蔑んだ笑みではなくて―




「ねえ知ってた?俺、アンタの事が好きなんだってさ。紅に言われるまで全っ然気付かなかったよ」

「えっ?!」



心底可笑しそうに笑うカカシの目には涙さえ浮かんでいて。
動転したまま動けないでいた自分の頬を、あの大きな掌で包み込んだ。


何時かの閨で盗み見た、穏やかな眼差しが直ぐ其処にある。
信じられない状況に言葉が喉の奥に閊えて中々出て来なかった。



「嘘…だって…」
「嘘じゃないよ。アンタの事好きみたい」


ニコリと微笑んで鼻頭にキスをする。
ちゅ、ちゅ、とキスを続けるカカシから目が離せないまま、状況に追いつけない体は硬く固まってしまった。



こんなのは嘘だ。信じられるワケが無い。
だってアンタは…



「甘いモノは、嫌いなんじゃ…」




甘いモノは『この世で一番』嫌いだと言っていた。
そんな彼は甘い筈など無い自分に向かって、甘い甘いと何度も繰り返していたのに。



初めきょとんとした表情を浮かべたカカシは言葉の意味を理解したらしく、ああと小さく呟いた。



「甘いもんは嫌いだけどアンタだけは特別。寧ろもっと欲しくなる」




ぺろりと涙の痕を舐め上げて、もう一度ニコリと微笑む。




「涙も甘いんだけどねぇ…アンタのミルクセイキはもーっと甘くて大スキだよ?」




言葉の意味を理解するのにたっぷり5秒。
次の瞬間真っ赤になった俺はもう一度カカシを跳ね飛ばした。




7へ≫

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ