side:I
冷たくなってしまった隣のシーツに暗い溜息を一つ。
あの銀髪の上忍は何時も、こちらが眠っている内に帰ってしまう。
『アンタはさ、何もかもが甘いよね』
『知ってた?アンタのコレも、モノスゴク甘いんだよ』
閨の途中に囁かれた言葉。
吐き出した白濁を舐め回しながら、甘い甘いと何度も繰り返していた。
「甘いもんはキライなんだろ? ならどうして…」
―5ヶ月前
製菓会社の陰謀に乗じ、密かに想いを寄せていたあの男に義理と称してチョコレートを贈った。
近頃では『友チョコ』という名で友人同士がチョコを贈り合うのを知っていたから、たとえ突っ込まれても誤魔化せると思ったのだ。
しかし、それが不幸の始まり。
ホワイトデーの夜、その日の任務を終えたカカシが突然自宅を訪れて。
訳も分からぬまま、俺は想い人に犯された。
数多く貰うだろうその中に顔見知り程度の自分が加わった事が気に入らなかったのか、それとも元々嫌われていたか。
愛の無いキスと愛の無いSex。
嵐の様なその一時。
『俺はね、天ぷらと甘い物がこの世で一番キライなの。だからコレは仕返しね』
気を失って目覚めた時、既にカカシは居なかった。
初めての行為に身体中が悲鳴を上げていたが、何よりも心が痛かった。
告げる事の出来なくなってしまった恋心が悲しくて。
その夜は声を上げて泣いた。
彼の感情に何が作用し今に至るのかは分からない。
ただあれからというもの、ふらりと訪れては当然の様に俺を抱き、此方が気を失っている間に居なくなってしまうのだ。
初めの内は必死に抵抗した。
例え恋い慕う相手でも、心の伴わない交わりは拷問と同じだ。
派手に暴れては結局捻じ伏せられ、傷を作りながら犯された。
しかし身体は時間と共に痛みにも快感にも慣れてしまう。
抵抗する腕は次第にその力を失くしていった。
その時だけは何の躊躇いも無くカカシに触れる事が出来る。
其処に愛など無くとも、その時のカカシは自分だけのもの。
そんな甘い誘惑に抗う事など、カカシに恋する自分には不可能だった。
いっそ嫌われたままでもいい。
このまま傍に居てくれたなら―。
そんな爛れた感情を抱き始めていた矢先、冷や水を浴びせるかの様にあの男は言った。
自分の体液は甘いと。
唾液も精液も、何もかもが甘いのだと。
甘い物がこの世で一番嫌いだと言う男が、甘い筈の無いモノを甘いと言うのだ。
それはつまり―…
「俺がメチャクチャ嫌いだって事、なんだろ…?」
それ程までに嫌いなら何故態々自分を抱く?
カカシほどの男であれば、相手に困る事など全く無いだろうに。
初めこそ乱暴だったカカシのSexも、今では穏やかなものに変わっていた。
それはもう、もしかしたら愛されているのかと勘違いしてしまう程に。
触れてくる指も、重ねられる唇も。
時折薄目を開けて盗み見る彼の瞳も、まるで恋人を見つめるかの様に優しい。
だけどそれは彼が元々優しい男だというだけなのかもしれない。
嫌いな人間に対してさえもその優しさが滲み出てしまう位に。
それに、身体の相性だけは良いのだろう。
こんなゴツイだけの男を飽きずに何度も求めて来るのは、多分そういう事だ。
―多分、一目惚れだった。
四代目火影の弟子であり、元暗部で写輪眼持ち。
里の誉とまで呼ばれた彼の功績は受付に居れば聞かずとも自然と耳に入ってくる。
受付で顔を合わせても挨拶をする程度で、偶の会話は決まって7班の子供達の事だったけれど。
階下の者に対しても奢る事の無い態度。
子供達へと分け隔て無く向けられる厳しくも慈愛に満ちた眼差しと優しい掌。
気が付けば男同士だという事も忘れて好きになっていた。
元担任と現上司
そんな顔見知り程度の関係から、もう一歩だけあの人に近付きたかった。
なけ無しの勇気を振り絞り震える手を隠して、小さな包みを差し出した。
自己満足で構わない。
その瞬間だけでいい。彼の右目に自分だけが映されるなら。
それだけで十分、嬉しかったのに――…
だって知らなかったんだ。
甘い物が苦手だなんて。
悪意なんか、これっぽっちも無かった。
『例えるなら、アンタのセーエキは甘ぁいミルクセイキ、かな?』
「…っ、何だっつーんだよッ」
止められなかった涙がシーツに吸い込まれていく。
誰もいない真っ暗な部屋に、自分の呟きだけがぽつりと零れた。
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