「あっ、イルカせんせーだっ!!」


任務報告書を上げに行く途中差し掛かったアカデミー校舎の脇。
ナルトの声に視線をずらすと、野外演習でもあったのか箱の様な物を抱えたイルカが遠くに見えた。


「未だ任務中でしょーが」
「だって!!あっ、せんせーが行っちゃうってば!!」


ソワソワしだしたナルトを嗜めて脱走しない様にと手を伸ばす。
が、ほんの僅か間に合わずナルトはイルカの元へと駆け出して行ってしまった。


「ナールートー…」
「んもうナルトったら。本当にイルカ先生大好きっ子なんだからぁ」


小さくなったナルトの背中に向け、自分よりも先にサクラが溜息を吐く。
見ればあの人はナルトからタックルをかまされて、箱の中身を盛大にぶちまけた所だった。




(大好き、ね…)




誰かを好きになるってどんな気持ちだっただろう?
血に汚れ過ぎて黒ずんだこの身では、それがどんな感覚だったのか思い出す事も出来ない。



「ねぇ、サクラもあの人の事好きなの?」



イルカに怒鳴られ地面に散らばった教材を拾っているナルトへと歩みを進めながら、それと無く尋ねてみた。
子供達のダイスキなイルカ先生。
彼女もまた、あの男の元生徒だ。



「そりゃあアカデミーの恩師だもんイルカ先生の事は好きよ。ま、ナルトには敵わないでしょうけどねー」
「サスケも?」
「…お前よりは随分とまともな先生だからな」



普段は滅多に感情を出さないサスケまでもがハッキリと好意を口にする。
三代目のお気に入りでもあるあの中忍は、自分の部下からの信頼も絶大な様だ。



「ふーん…」





三代目火影が全幅の信頼を寄せ、自分が里に戻るまでの間あの狐子の監視役を任されていた男。

別に興味があった訳じゃないが、全く無かった訳でも無い。
特にナルトを庇って重症を負った話を聞いてからは、見掛けると目で追っている自分に気付いた。


同僚が相手だったとはいえ、武器を持った者に背中を向けるなんて忍としては如何なものか。
話を聞く限り喜怒哀楽のハッキリした男の様で、凡そ忍らしく無い。
挙句受付所に居るのを見れば何時だってニコニコと、誰彼構わず笑顔を振り撒いている。


別に内勤の者が外回りの忍に比べて劣っているとは思っていない。
だけれど周りの者と同じ様にあの人の好い笑顔を向けられると、言い様の無い苛立ちを覚えるのだ。




一言一句違わず述べられる労いの言葉と笑顔。
階級性別に拘らず、誰に対しても平等に過不足無く。

勿論それは自分に対しても変わらず同じで。





だけど自分が欲しいのはこんなモノじゃない。

もっとリアルで、確かな “何か” 。




だからあの日、イルカからチョコレートを差し出された時。
この無害そうな笑顔の裏側を覗いてやろうと思った。



――快楽という、実に生々しい手段を使って。







「こーらナルト。任務中に寄り道しなーいの」



背後から掛けた俺の声にイルカの両肩がピクリと反応したのが分かる。
振り返ったイルカの顔は、少し青褪めた様に思えた。


「す、済みません…未だ任務中だったんですね。こらナルト、勝手な行動を取っちゃダメじゃないか!」
「ほーんと、コイツには困っちゃいますヨ。イルカ先生も済みませんでしたねぇ。ご迷惑お掛けしたみたいで」
「迷惑だなんてそんな…」


イルカはそう言って気拙そうに頭を下げる。
自分と子供達に対する態度が明らかに違う事に満足しながら、別れを告げ逃げる様に去って行く彼を見送った。



(そんな嫌がらなくたっていーのにねぇ)



ナルトの頭にグリグリと拳骨を押し付けながら、遠くなる後姿をもう一度チラリと見遣る。
彼がアカデミーの玄関に差し掛かった所で、同僚と思われる男が大声を上げて走ってくるのが目に入った。



「あっ居た居たイルカー!今夜の合コン7時に酒酒屋だとよー」
「ちょっ声がデカイっ!!恥ずかしーだろーがッッ」



聞こえてきた会話にぴたりと歩を止める。



(合コン…?あの人、そんなモンに行くワケ?)




途端、心の中に黒い感情が溢れ出す。

理由など分からない。
分からないけれど。



今直ぐにイルカを捻じ伏せて、滅茶苦茶に犯してやりたい衝動が込み上げた。





「カカシ、どうかしたのか?」


突然立ち止まった自分を訝しく思ったのかサスケが此方の表情を伺う。
顔に出ていたかもしれないと心の中で舌打ちをして、不審そうな表情を浮かべるサスケに何でも無いと答えを返した。



突如湧き上がった分析不能な感情は消えない。
得体の知れない気持ちを抱えたまま、あの男の居ない受付所へともう一度足を戻した。




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