子供達を解散させた後は急に入ってくる任務に備えて待機しなくてはならない決まりがある。
時折話し掛けてくる紅を適当にあしらいながら、愛読書を片手に定刻までの時間を悶々と過ごしていた。


ページを捲っても内容が全く頭に入って来ない。
重苦しい思考を占拠するのは結局あの男の事だった。



(合コンなんて…何考えてんだか)




まだ10代の頃、上忍仲間に頼み込まれて1度だけ参加した事がある。

互いを値踏みする様な粘ついた視線と、貸切の個室に満ちる甘ったるい香の香り。
御座なりな会話を交わしてやれば嬉々として自分の肩にしな垂れ掛かる女達。
気が付くと一組また一組と怪しげな雰囲気を醸し出していて、そういう事かと合点がいった。


男の目的はそこで気に入った相手と一時の快楽を得る事で、女は上忍と寝れば自分に箔が付くとでも思っている様だ。
中には真剣に恋の始まりを探している者も居るのかもしれないが、そんな所で出会った相手など長続きしないだろう。


何て下らない。
下品に歪んだ唇と纏わり付く甘い匂いに酷い吐き気を覚えた。



こんな女と交わる位なら花街に行った方が全然マシだ。
彼女達はプロ意識が高いから必要以上に媚びたりしない。
此方の機微を敏感に感じ取り、その時に必要なだけの快楽を与えてくれる。


だから特定の相手が居ない時の任務明けは、数人の遊女の下を渡り歩く様になっていた。





―それなのに。


こんな飽き性な自分が倦む事無く、半年近くも劣情を煽られ続けているあの男が。

今夜、その反吐の出る様なイベントに参加するのだという。






「えらく御機嫌ナナメだな、おい」



任務を終えて待機所へとやって来たアスマが咥え煙草のままどっかりと腰を下ろす。
向かいに座っている紅へと顔を寄せ、自分にも聞こえる程度の声で囁いた。


「ずっとこうなのか?」
「ずーっとこうなのよ。何聞いても答えないし、もうイヤになっちゃう」


艶やかに塗られた爪先に長い黒髪を巻き付かせながら紅が溜息を吐く。
それを見たアスマも苦笑いをして白煙を吐き出した。


「……ねえアスマ。お前ならさ、合コンって何の為に行く?」
「はぁ?合コンだぁ?」


唐突に投げ掛けた質問に、アスマが頓狂な声を出す。
向かいの紅も俺の発言に驚いたのか大きな目を更に大きくした。


「そ、合コン。あれって何の為にするの?」


横に恋人が居る中でこの手の話をするのは気が引けるのだろうか。
モゴモゴとするだけで中々答えてはくれなかった。




本当は聞かなくても知っている。
男女がお手軽な気持ちで出会い、共寝の相手を見付ける為の口実だって事。


ならばあの男もまた、その肉欲を満たす為ソレに参加するのだろうか。




(昨日だってあれだけヤったのに…?それとも―)




抱かれるよりは抱く方が良いという事か。
或いはその手の男を誘うのか。





―そんな事、絶対に許さない。

今現在イルカとそういう関係にあるのは自分だけの筈だ。

夜伽の最中に見せる羞恥と快楽に塗れた表情。
受付で振り撒く健康的な笑顔とはまるで違う、自分だけに見せる艶めいた顔。

自分だけが知っている、誰も知らない淫らなイルカ。


女を抱くにしたってその悩ましげな表情は然程変わらないだろう。
それを自分以外の者に見せるだなんて、許せる訳が無い。



何より、
あの甘い甘い蜜は全て自分のモノなのだから。






「おいおい、変な殺気出してんじゃねーよ馬鹿」



ドス黒い感情を抑え切れなくなった俺にアスマが苦情を申し立てる。
ここは上忍待機所とはいえ出入りする中忍下忍も沢山居るのだ。
そんな彼らの不安を徒に煽るのは、確かに少々宜しくない。


「何なんだよさっきから。合コンがどうかしたのか?」
「…ちょーっと、ね」

「アタシ、何か分かっちゃった」


自分とイルカの事は誰も知らない。
柄にも無く言い淀んだ俺を見て、紅が性質の悪い笑みを浮かべた。



「カカシ、アンタ好きな人でも出来たんでしょ?その子が合コン行くって言い出して気が気じゃないのよね?」



言葉にするならば正に『驚愕』の一言だった。
思いも寄らない単語が出てきた事に、理解が追い付いていけなかった。



好き…な、人…?

この俺が、あの男を好きだと言うのか?


確かにカラダは最高の相性だと思う。
でもソレとコレとは別物な筈で。



そんな事、ある筈無い。
イルカの事が好きだなんて、そんな―…



「…んなワケ…ない、デショ」
「嘘仰い。だーからそんなに苛々してんのよ。その子を他の男に盗られやしないかってね」
「おー、遂にカカシにもそんな人並みの感情が芽生えたか。そりゃ目出てぇな」


面白い玩具が目の前に居るとでも言う様に2人の瞳がキラキラと輝いている。
このままでは良い様に遊ばれるのが目に見えたが、それよりも紅の放った言葉は強烈だった。



「アンタ相当その子に参ってるのね。鏡見てみなさいな。独占欲と嫉妬の鬼が居るから」



急いで後ろの窓に自分を映してみる。

薄汚れたガラスにぼんやりと見えたのは、自分の知らない男の顔だった。




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