海馬総受け(旧)

□たとえ、耳を塞いでも
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車が目的地に着いたのはそれから30分後。

その間、二人とも一切喋りはしなかった。

この車はリムジンだ。

後方の声は聞こえるが、仕切りをしてしまうと聞こえないようにすることも出来る。
この車はその仕切りが透明で、声を遮断しても姿は見える。

遮断してしまえば、用がある場合はマイクを通して交わされる。

そのマイクも、普段は切ってある。



磯野はすぐさま車を降り、剛三郎のためにドアを開ける。

その後、剛三郎は瀬人を後ろに付かせて会場へと向かっていった。










緩やかな音楽の中、剛三郎は来賓に挨拶に出向く。

瀬人も剛三郎に付き、挨拶をこなしていく。


熱の篭った身体は悲鳴を上げていたが、無視することにする。

目も霞んできたが、目頭を押さえ数十秒そのままでいると、ある程度回復した。


この会場には瀬人のほかにも子供はちらほらといるようだ。

だが、決定的に違うのは、皆自分と顔が違うということだけ。

緊張はしているらしいが、その顔に不安など見受けられない。

何が起こるのか、一歩先を不安に思うこの気持ち。

そんな真っ暗な道を歩いていくような気持ちなど、誰にもわかりはしないのだ。


それでも瀬人は他人を羨んだりしない。

そんなものは、剛三郎に引き取られてからすぐに捨て去った。


羨むのではない、のし上がるのだ。


そしていつかは、自分が支配者に。


そう、いつの日か。







パーティは滞りなく進んでいった。

瀬人は感じていた不安を少しづつ、和らげていった。

緊張を解くと、途端に自覚してしまう身体の不調。


熱を持った身体。

ふらつく足。

痛む背中。


疼く内部。





そのどれもが、瀬人を苛んでいく。

喉の渇きを思い出し、水を頼む。

持ってきてもらった水を手にし、コクリと一口。

その時、あの男の声が耳に届いた。



「瀬人、こちらに来なさい」



また挨拶だろうか。

瀬人は多少ウンザリしたような顔を一瞬浮かべたが、剛三郎に振り向くときにはそんな顔も消し去っていた。



だが、




そんな瀬人の仮面もすぐに剥がれ落ちることとなる。



「やあ、瀬人くん」




そう言って目の前に立っていた男は、



昨夜の男だったのだった────






ゴン!!カラカラ……


毛足の長い絨毯に、瀬人の手から滑り落ちたグラスが音を立てる。

幸いにも割れなかったが、中に入っていた水は、瀬人の足元を濡らした。




「……あ……あ…」

瀬人は昨夜のことを思い出し、ゆるく首を振りながら後ずさった。

だが、剛三郎に細い手首をがっしりと掴まれ、ぐいと引き寄せられる。

その差、1mも無い。


瞬間、瀬人はマインドコントロールを試みる。


この男といずれ会うであろうことは予測できていた。

ただ、それが昨日の今日だっただけ。

落ち着け、落ち着け──と。


「気分はどうだい?人が多くて………立っているのも辛いだろう?」

そのあからさまな質問に瀬人は唇を噛み締めた。



「来ているのは私だけではない。見てご覧?」

その男はそう低く囁くと瀬人の顔をあげさせた。


注意深く客を見渡してみると、




───いた。




昨夜、目に焼きついて離れない男共が。


瀬人は膝の力が抜けていくのを感じていた。






何かが起こる。

瀬人はそう直感した。

だが、彼には逃げる道などありはしない。




怯えながらも、瀬人はその場から動くことすら出来ずに、ただ立ち尽くしていたのだった。








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