海馬総受け(旧)
□記憶
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「……君、……海馬剛三郎の子供だろ?」
そう聞かれることは少なくなかった。
そのたびに、忌々しい気分になった。
違うと言うこともできず、ただただ、愛想を振りまく。
嫌な
嫌な記憶。
「兄サマ、あっちに行けばいいみたい」
海馬は弟のモクバの声で現実に戻ってきた。
どうやら意識を昔に飛ばしていたらしい。未だぼんやりとした頭を軽く振り、雑念を振りほどこうとする。
ここは海馬CP本社。
海馬瀬人と弟のモクバはある一件のためアメリカから急遽帰国したのだ。
それは、海馬CPのメインコンピューターが何者かによって占拠されてしまったのだ。
そしてそれを成した人物が、いまこの本社にいる。
海馬瀬人は社を守るために前に進んでいく。
そして、先程この社を乗っ取っている張本人、天馬夜行に会ったのだった。
天馬夜行……
幼いころ、当時生きていた剛三郎に連れて行かされたパーティー先で出逢った男。
だが、違う。あの時の天馬夜行は、兄である月行に隠れていた、気の小さな男だった。
しかし先程見た夜行は、昔の奴とは似ても似つかない。
「…………」
だが、ここで立ち止まるわけには行かない。そんな時間も無い。
たとえ奴が夜行であろうと無かろうと、今の自分には前に進むことしかできないのだから。
「いくぞ、モクバ」
そして海馬は白いコートをなびかせ、奥に進んでいくのだった。
「君、海馬剛三郎の子供だろ?」
記憶に残る、忌まわしき声と共に───
「瀬人、こちらに来なさい」
「はい、父上」
緩やかに流れるBGM
華やかな屋内。
そして、たくさんの、人、人、人。
そんな中、瀬人は己の義父、剛三郎の姿を見失わないようにするのに必死だった。
大きな屋敷、華やかなパーティ。そして人ごみの中、あちらへ行っては得意先に挨拶。こちらに行ってはまた挨拶。
剛三郎は後ろを見ない。瀬人はついてくるものだと思っているからだ。
瀬人は当時11歳。
剛三郎に引き取られてからまだ1年がたったばかり。
何度も繰り返されたパーティーにやっと慣れてきたところだ。
だが、この身長差はどうしようもない。
瀬人は彼の後をはぐれないように、モクバの手を引きながら、一生懸命追いかけていたのだった。
挨拶などしても、自分が喋るわけではない。ただの社交辞令である。
紹介だけされ、後は剛三郎が話を進めていく。
瀬人はパーティーを楽しいと思ったことが無かったのだった。
「……………」
モクバの口数が減った。
「……モクバ、疲れたのか」
剛三郎が話をしている間、こっそりと耳打ちをする。
「……ううん、大丈夫だよ兄サマ」
モクバは力なくそう答える。無理をしているのは見て取れる。顔が青い。
だが、挨拶はまだ半分以上も残っている。こんな時に剛三郎に申し出ても、OKを貰えるとは到底思えない。
だが、モクバの体調はよほど悪いらしい。よく見てみると足が震えている。立っているのもつらいらしい。
瀬人はモクバの手をぎゅっと握り締めた。
「……父上、」
意を決して剛三郎に話しかける。
「……」
案の定剛三郎は眉を顰めるだけだった。
「申し訳ないのですが、ゲストルームへモクバを連れて行ってもいいでしょうか。顔色が良くないのです…」
瀬人をチラリとだけ一瞥し、またすぐに視線を外した剛三郎にそう申し出る。
だが、剛三郎は瀬人の申し出の最中に、先程の取引先との会話を再開したのだ。
もう一度呼んでみるが反応は同じ。
もう駄目だ。
ここまでくると剛三郎は決して態度を変えることは無い。
短い1年という歳月の中、瀬人は剛三郎の性格を読み取ることができるまでに成長していた。
だが、いくら成長したとはいえ、やはり11歳の子供。
大人に相手にされるはずも無かった。