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□貴方の恋が叶わなければいいとさえ思う
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「ホントに,もう…」
「……」
「一体何なんだろうね」
「…………」
「そう思わない?」
「思いません」

そこははっきり否定するんだ,と笑う彼。
ちゃちなオペラグラスで窓の外を覗きながら,愉快そうに尋ねてくる。

「だってさー,聞いてよ帝人くん」

どうせ誰も聞いてなくてもこの人は勝手に喋るだろうから,僕は何も言わずにクイーンを動かした。

「酷いんだよ?あいつったら」
「次,臨也さんですよ」
「あ,うん」

彼は迷わずポーンを動かす。
目の前のチェスについて何も考えていないように見せかけて,実は100手以上先を読んでいるからこの人は頂けない。

「本当はめっちゃくちゃ良い笑顔で笑うくせにさー」
「……はぁ」
「俺の前じゃ絶対あんな顔しないんだよー?」
「そうですか」
「どうしてだと思う?」

僕は彼の黒いビショップを自分のルークで蹴散らして「貴方が嫌われてるからじゃないですか?」と答えた。

「嫌ってる相手には,誰だって笑顔なんか向けたくないでしょ?」
「それは偏見だよ」

彼は笑った。

「だって俺,君のこと嫌いだもん」

けれど僕は笑わなかった。

「笑顔なんか誰にだって浮かべられる。どんな人間にもナイフが刺さるようにね」

今の彼はナイフを持っていない。
変わりに持っているオペラグラスで見ているのは,彼が好きな人。

「でもあいつは笑ってくれないんだよ」

どうしてかなー,と小首を傾げながら質のいいソファーにもたれかかった。

「……知りませんよ」

苦々しげに吐き捨てると,彼は声を上げて笑った。

「だよねー!帝人君の知ったこっちゃないよねー!」
「分かってて訊いてたんですか」
「そうだけど?」

もはや脱力せざるを得ない。

「じゃあ,質問を変えよう」

そうして,彼はオペラグラスをテーブルの上に置いた。
薄暗い彼の部屋に差し込む月明かりが反射して,レンズが光る。

「――どうしたらいいと思う?」

彼は僕を見つめていた。

「あいつに笑いかけてもらうために,あいつに嫌われてる俺は一体どうすればいいと思う?」

その尋ね方があまりに真っ直ぐだったから。
本音だって分かったけど。
むしゃくしゃして,チェスの盤を横にないだ。

「……?」

腰掛けていたソファーから立ち上がって,音を立ててテーブルから落ちていったチェスのセットを不思議そうに見ていた彼に近づく。

「つまんなくなった?」
「……どうせ負ける試合だと思うと,最初から面白くありませんでした」
「自分の力を卑下しすぎだよ,帝人君は。世の中やってみなけりゃ分からないことだらけさ」
「本当ですか?」
「もちろん」

だったら――

僕は彼の座っているソファーの背に手を突いて,彼を正面から見据えた。
逃がさないように。


「今から貴方にキスしたら,貴方はどうしますか?」


酷く真面目なようで,どこまでもふざけた問いに,

「どうもしないよ」

なんてあっけらかんに彼が答えるもんだから,拍子抜けしてしまった。
しかし彼は続ける。

純真無垢な笑顔で。


「もっと帝人君のことを嫌いになるだけさ」


「…………です,か」
「うん」

これ以上嫌われてまでキスしようと思わない弱虫な僕は,それでもなんとなくこの体勢のままでいたいと思った。

月明かりが彼を映す。

華奢な身体。
短い黒髪。

そして,僕を見ている相貌。

「ね,帝人君」
「なんですか」
「さっきの相談に答えてよ」
「……相談,だったんですか」
「うん,恋愛相談(笑)」

そこで,僕はやっと分かった。
ていうか思い知らされた。


彼は僕なんか見ていない。


今手にしていなくても,心の中ではずっと,オペラグラスを覗いているのだ。

自分が嫌われていて,笑いかけてくれないあの人しか見ていないんだ。

例え目の前に僕がいようとも。

――報われないなぁ。

「…………」
「答えてよー」
「…………」
「聞いてる?」
「…………」
「ちょっと,帝人く――」

うるさい唇は塞いでしまえ理論。

しばらくして,頃合いを見計らってからゆっくりと離れる。
彼は笑っていた。

「――君はそんなに俺に嫌われたいの?」
「はい」

いつから僕は嘘吐きになったんだろう。

「それで,答えは?」
「――――,」

この人は,本当に,どんなことをしても,

僕を見ようともしないんだな。

「どうかした?辛そうだけど」
「……いえ,大丈夫です」
「そ」
「『どうしたらいいか』――の答え,でしたよね?」

うん,と彼は頷いた。
僕は吐き捨てるように,呟いた。


「――――ンなもん知るかよ」


言ってから,彼の細い首筋に顔をうずめた。
彼の匂いが鼻腔を掠める。

「臨也さん」
「何?」
「僕,貴方が嫌いです」
「そ」
「だから貴方が誰を見続けようが,誰を好きになろうが,貴方の勝手だと思ってます」
「ふぅん」
「貴方が僕を見ようとしないのと同じように,それは僕にはどうしようもありません。

 けど――,」


傷つかないと言ったらそれは嘘になる。





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*次はあとがきです



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