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□敵対同士で10題
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 8.あなたは残り香すら残さない



独り、ベッドにうつ伏せになる。
枕に顔を埋め、少し苦しくなるくらいまで呼吸を止めて、それから二酸化炭素濃度の高い息を吐く。

「……ヘタレ」

呟いても返事はない。
虚しさがベッドルームに響いて胸に跳ね返ってきた。

結局しなかった。

『――悪い、スズミヤ』

唐突に謝ったタカノはそれ以上何も言わず、俺を置いてホテルの部屋を出て行った。
それを俺は引き止めなかった。
引き止めなかった。

『ナカに出せ』


危うく『ナカに出しぃな』と昔の口調で言うところだったのはここだけの話。
確かに捨てたはずなのにな。
どうやら、生まれ育った土地の訛りが完全に抜けきるなんて不可能らしい。

あの男を心底ヘタレだと思った。
あいつの望みが一番手っ取り早く叶う方法を、せっかく教えてやったってのに。
怖じ気付きやがって。
おまけに、しないまま帰りやがって。

携帯を取り出す。
アドレス帳を開いて、「た行」を表示。
いくつか下にスクロールしていくと、あいつの名前があった。

『小鳥遊(タカナシ)』

幼かった俺は、初めてこの名前を見たとき読むことができなかった。
つーか普通に分
かんねえだろ、こんな希少価値マックスな名字の読み方なんて。

『…………』
『読めないのか』
『……ヒント!』

仕方ないなとため息を吐いて、ペンを取り出した。
そしてアルファベットを一つずつ書き始めた。

『T……A……』
『タテイシ!』
『違う。K……A……』
『タカダ!タカミネ!』
『はずれ。N……』

『タカノ!!』

やけくそになって思い切り叫んだ俺を、タカノは珍しく驚いたような顔で見た。

『お前タカノだろ!』
『え、』
『絶対タカノだ!』

だって鷹っぽいし!

とかアホなことを叫んだ気がする。
だからだ、きっと。

『……あぁ、うん。そうだよ』

呆れたように、それでも少しだけ頬をあげてタカノが頷いたのは。

「……からかいやがって」

俺がやつの本名を知ったのは、それから随分後のことだった。

もういいや。
俺はうるさい同僚――ミコシバのアドレスを表示し、電話をかけた。

『はいもしもーっし!』
「今夜は飲むぞ」
『はぁっ?』
「今から言うバーに来い」

それから店の名前を告げて、俺は一方的に通話を切った。
いっつもあいつのハチャメチャに振り回されてんだ、これくらい付き合わなきゃ男じゃねぇ。


「……はぁ」

一つ息を漏らして、ゆっくりとベッドから起き上がる。
それからすぐ、ホテルを後にした。

少しの時間しかいなかったせいか、あいつの残り香はしなかった。





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