短編

□君と終わる別れ
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「それじゃあ」
「うん」

僕は靴を履いてから,最後の荷物が詰まったエナメルバッグを肩に掛けた。

「ないと思うけど,忘れ物があったら郵便で送ればいい?」

いや,と僕は首を振った。

「お金かかるしさ」
「着払いにするに決まってるじゃない」

……やっぱりか。

「それにしたって,面倒だろ?その時は取りに来るよ」
「じゃ,メールでもするわ」
「うん,頼んだ」

玄関のドアに手をかける。
手のひらから伝わってきた冷たさに,今更ながら現実感を得た。

本当にこれで,僕たちはサヨナラなんだ。

「ねぇ」
「……なに?」

振り向かずに,彼女の呼びかけに応える。

「たまなら,晩ご飯食べに来ていいわよ。どうせあんた,料理なんかしないだろうから」
「まじで?それ,すっげぇ助かる」
「元彼が餓死したなんて知っても,後々気分悪いじゃない」
「大分酷い理由だけど,否定できないからお言葉に甘えさせてもらうよ」

僕,君の手料理すっげぇ好きだからさ。

発した言葉の虚しさが,有るはずのない心に響いた気がした。

「なら,ドライカレーがいいな。超うまかったし」
「あんた,カレー料理好きよねー」
「次お邪魔するときに,また食べさせてくれよ」

なんて,無意味に嘘を吐いてみた。
――もう,二度とここに来るつもりなんてないくせに。

「合い鍵は返さなくていいんだよな?」
「えぇ」
「嫌だったらすぐ返してって言えよ」

どういう意味?と訝しげに形のいい眉を寄せる彼女。

「あんまり男を信用しない方がいいってこと」

でも,それは男だけじゃない。
女だって,簡単に信用しちゃ駄目だ。
それを教えてくれたのは,――皮肉にも,君だったけど。

そして僕はドアを開けた。

「元気で」
「そっちも」

ちゃんと朝起きなさいよ,と言われて,思わず苦笑いがこぼれた。

「大丈夫だって,アラームかけるし」
「叩いてじゃないと起きないあんたが,アラームごときで起きれるの?」
「や……多分?」

なんなら,と。

「必要な時だけモーニングコールしてあげましょうか?」

少し考える振りをして,

「いくらで?」

と切り返した僕に,彼女は楽しそうに微笑んだ。
笑うとできるそのえくぼが,大人びた彼女の容姿とアンバランスで,でもそこが好きだった。
彼女本人に言ったことはないし,言う予定もない。

「そうね,月15000円くらいかしら」
「1回500円か」
「優しいでしょ?」

本当に優しい人はタダでやってくれると思うけどね。

「ま,君から自立するっていう意味で,その提案は遠慮させてもらうよ」
「小金を儲けるチャンスだったのに」
「アルバイトでもしてくれ」

君の携帯番号は,名前ごとアドレス帳から削除した。
そして僕の携帯は,登録してない人からの電話は取れないようなってる。

そんな,断った本当の理由を話すことだって,一生ないだろう。

「それじゃ――」
「待って」

もし,ここで。
彼女が泣いて謝って許しを乞うてでも,僕を引き止めたなら。
僕らのこれからは変わっていたかもしれない。

――未練がましいな,僕は。


「――キスして」


「え?」

「最後でしょ?サービスしてよ」
「……あぁ,なるほど」

そういうことね,と僕は開けたドアを閉じて,

傍に寄ってきた彼女と唇を重ねた。


「これで満足?」


こんな愛のないキスで。
こんな終わり方で。

君は足りた?


「じゃあ,さよなら」


返事を待たずに,僕はドアを開けて部屋を出た。
手すりから見える景色がとても色あせて感じた。

ドアが閉まる直前。


「――ごめんなさい」


聞こえた気がした台詞は,多分,空耳。
だから,今更だよ,なんて呆れたりしないよ。


僕らの終わりを決定付けたのは。
先ほど交わしたキスではなく,
これでもかと言うくらい力一杯握りしめてから放り投げた,

鍵が落ちる音だった。





よかったら拍手をどうぞ...



*次はあとがきです



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