短編

□sweet and sweet
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▽ハロウィン企画 10/31



超が付くほどの満面の笑みを装備した彼女がやってきた。
手放しで「可愛い」と思ってしまった自分は一回埋まるべきだ。

「ゆ・う・き・さんっ」

歌うような,弾んだ声。

「……どうした?」

なんとなく気後れしてしまう。
何かやったか?,と記憶を探る。

「今日は10月31日だねぇ」
「そうだなぁ」
「えへへ」
「だから,それがどうした?」

彼女は笑顔のまま,答えにならない返事をした。


「trick or treat!」


「……英語上手いな」
「あたし,外国語専攻クラスだから」

そういえば,そんな話を以前聞いた気がする。
だから日常会話の中の英単語のクオリティが高いのか。

「俺は語学系苦手だったから,すげぇとしか言いようがないな」
「優木さんの理系事情なんて今はどうでもいいの!」

一蹴されてしまった。
自分より7つも下の小娘に。

「……俺の手帳には,ハロウィンなんて行事は記入されてない」
「そう思って!」

はい,と手渡してきたそれは,俺が普段使っているスケジュール帳だった。
もしや,と10月のページを開く。

「…………」
「書き込んどいたよ!」

鮮やかなオレンジで書かれた「Halloween」の文字は,俺を黙らせるくらいの威力を持ち合わせていた。

「……お前,何勝手に人の手帳に予定増やしてんだよ」
「えへ」

笑ってごまかしやがった。

「……はぁ」

にこにこしたまま,じっと俺の返事を待つ彼女。
待たれても,今日は生憎,甘い物を持ち合わせてないんだよなぁ。
どうしようもなく黙ったままでいると,

「――Time over」

「え?」

耳につくぐらい綺麗な発音に気を取られた隙に,


手に持っていた手帳を引ったくられた。


「――は?」
「かきかきかきかき」
「高校生が擬声語を口にすんな!」
「あれ?擬態語じゃないっけ?」
「どっちでもいいからさっっさと手帳を返せ!」
「はいっ!」

書き終わったらしく,素直に返してきたそれの開いていたページを凝視する。


11/7 14:30〜
栄・ケーキバイキング


「……俺に連れていけっつってんのか」
「だってお菓子くれないんでしょ?」

いたずらするに決まってんじゃん,と当たり前のように笑う。
俺も,思わず吹き出した。

しばらく笑い続けていると,彼女は不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「どうかしたの?」

俺は笑いを堪えながら答える。

「いたずらでケーキバイキングたかるって,」


どっちみち,お前は菓子食べることになるんじゃねーか。


「…………そういえば」

彼女はそして,俺と同じように吹き出した。

「あたしすごい得してるー!」
「これじゃ,“trick and treat”だろ」
「ほんとほんと!」

ひとしきり笑って,それでもまだ楽しそうに彼女は微笑んだ。

「まぁ,しょうがないよ」

いつもはまだまだ子供のくせに,時折見せる大人びた仕草が,


「ハロウィンだもん。――甘くなるのは,しょうがない」


いい大人の俺を,惑わせる。

それも悪くないけど。

「ん」

不意に仕掛けた触れるだけのキスに,彼女は一瞬だけ戸惑いを見せた。

「……なんで,今,したの?」
「……何となく」
「何それ」

あはは,とまた笑い出す。

「優木さんって,時々子供みたいだよね」
「うるさい」
「やだー,拗ねないでよー」

――本当は。

こんなガキ同士ががやるようなキスじゃなくて,深い口付けを彼女と交わしたいけれど。

そんな大人な甘さは,まだ知らなくていい。


「そこのケーキ屋さんだけどね,どれも美味しいらしいよ」
「へぇ。そりゃ,楽しみだな」
「うん!全部食べたいなー」
「……太るぞ」
「やめてーっ!気にしたくないこと言わないでーっ!」


今はまだ,甘いだけのキスに満足して無邪気に笑う彼女に,翻弄されてたい。



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*次はあとがきです
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