短編

□self-introduction
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青木澪は見上げていた。

(……でか)

目の前にそびえ立つ,そのビルを。


今日は12月26日。
国民的バンド『Known Knocks』のボーカルオーディションが行われた翌日だ。
ハプニングがあったりもしたが,結果,そのオーディションに彼女は受かった。

(名古屋に本社があるっていうのは知ってたけど……,なんで名古屋なんだろう)

さっきから彼女が見上げているビルは,『Known Knocks』を初め,数え切れないほどのミュージシャンを世に送り出しヒットさせた国内最大の音楽事務所――『karolia production』(カロリア プロダクション)の本社だ。
ちなみに,オーディションは別のスタジオで行われたので,本社に来るのはこれが初めてである。

(なんか,変な感じ)

自動ドアをくぐり,正面玄関から入る。

(大きな化け物に,飲み込まれてるみたい)

この場合だと,澪が自分から飲み込まれに来ているのだが。

入ってすぐに見えた受付に近付いていくと,制服を着た受付嬢が微笑んでくれた。
なぜかマスクをしている。

(?)

澪は首を傾げた。
けれど,まぁいっか,とそちらへ歩いていく。


「『カロリア プロダクション』へようこそ」

爽やかな笑顔。
とても自分にはできそうもない。

「本日はどのようなご用件ですか?」
「――はじめまして」

彼女の言葉をまるっきり無視して,澪は軽く頭を下げた。
そして,にこりともせず続ける。

「至らない点が多数あると思いますが,頑張ります」

よろしくお願いします。

また頭を下げた澪を見て,受付嬢はマスクを取った。
カウンターから出て,彼女の前に立つ。

「……なんで気づいちゃうかなー」

つまらなさそうに呟いた。
澪は顔を上げる。

「誰だって分かりますよ。桜木さん美人だし」
「気付いてくれなかったらどうしようかと思っちゃった」
「美人は否定しないんですね」
「まーね」

先ほどまでの柔和な感じではなく,楽しそうな笑顔で,『Known Knocks』のベーシスト――桜木のばらは肩をすくめた。

「もしかして,受付嬢,普段からやってるんですか?」

思い切って尋ねると,「まっさかぁ!」と声を上げて笑われてしまった。

「あなたが来るのを待ってたのよ」

だからってどうして制服まで着る必要があったのだろう。
変わった人だ,と派手な赤いコートを着た澪は首を
傾げた。
そして,彼女より全然小柄な桜木は,セミロングの茶髪を揺らして微笑んだ。

「カロリプ本社へようこそ」

右手を差し出して続ける。


「こちらこそよろしくね」


澪はそれに右手で応えた。



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