短編

□Welcome!
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ぱんぱん、と二回手を叩くと、騒がしかった音楽室は水を打ったように静かになった。

「それじゃあみんな、体験入部気合い入れて乗り切るわよ!」
「「はいっ!」」
「特に人気のないパーカッションとローブラスは死ぬ気で新入部員を確保しなさい!」
「人気ないって言うな!」

飛んできた怒号を和泉はさらりと聞き流し、自分の準備をするために準備室へ向かった。
まだほとんどの新入生が新しい学校になれていない四月半ばの月曜日。
今日から五日間、体験入部が行われる。
下手したら部の存続に関わる大事な期間だ。
もちろん、文化部としては珍しく多人数を誇る吹奏楽部も同じこと。
それに、うちの場合は単に人数だけが問題になるわけじゃない、と和泉は小さく息をもらす。

「偏らないといいですねー」

こんにちは、と和泉に続いて準備室に入ってきたのは同じパートの一年生、葛原亮一だった。

「先輩の学年みたいに上手くバラけれたらいーんですけど」
「そうね、去年……あんたらの時は大変だったし」
「その節はお世話かけました」

全く悪びれなく、葛原はにししっと笑った。
上の棚から譜面台と教則本と手入れ道具の入った袋を出す。

「うちは勝手に人が集まるから問題ないっちゃないんだけど、さっき声をかけた2パートはどうなるかしら」
「あー、こればっかりは読めませんもんねぇ」

どうぞ、と和泉の分もちゃんと取って渡してくれる金髪の後輩。
どうしてモテるのか、実は分からなくもなかったり。

「ふっふっふー」
「気持ち悪」
「わ、酷」

それでも葛原のにやけは止まらない。
「……何?」と尋ねても「いやぁ」と答えるだけ。

「言いなさいよ」
「大したことじゃないですよ?」
「いいから」

彼はにっこりと笑った。
犬だったらしっぽをふりふりしてるような笑い方で。

「すっかり部長だなぁと思いまして」

下の棚から自分の楽器を取り出す。
和泉は紫、葛原は黄色のハードケースだ。

「……うっさいわね」
「もー、褒めたのにどうしてそういう言い方するんですかー。素直じゃないなぁ」
「余計なお世話。だいたい、あんたの言い方がムカつくのよ」

幹部決めの際にこいつが自分を大プッシュしてきたのはきっと一生忘れない。
あんなに恥ずかしい思いをしたのはあとにも先にもないとさえ思う。

「だって嬉しいんですもん」
「私が部長になったのが?」


それもですけど、と続ける。

「和泉先輩がかっこいいのが、です」

和泉のケースを持ち上げる手が止まった。

「やっぱ嬉しいじゃないですか。――好きな人がかっこいいなんて」

言うだけ言って準備室を出て行く葛原。
そして、出て行くまで黄色い後頭部を見つめていた和泉は、小さく舌打ちをした。

「……あぁ、もう」





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