キリ番
□暖かな選択肢
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▽500hit(まつさ様)
右を見ては,また左に揺れる。
さっきからそれの繰り返し。
「……まだ?」
「ううーん」
彼女の瞳は,まるで彼女自身の心情のように行ったり来たり。
無駄だと分かっているけど,早くしてぇや,と急かしてみる。
彼女はまたうんうん唸った。
「決めらんないよー」
「たかが肉まんとあんまんやろ」
そうなんだけどさー,と駄々っ子のような言い方をする彼女。
「今年一番初めに食べるから,慎重に選びたいんだよー」
「…………なるほど」
俺としては,彼女のそういうところをアホだけど可愛いと思うし,できれば心行くまで悩ませてやりたいけど。
――いかんせん。今夜は寒すぎる。
いくらまだ秋といえど,日も暮れきった時間に外で立ち尽くすのは辛い。
ので,卑怯なカードを切ることにした。
「……早よせんと,」
「ん?」
「俺,先帰るよ」
「え゛っ」
その慌てっぷりに,思わず吹き出してしまいそうなった(もちろん堪えたけど)。
調子に乗って,意地悪を続けてみる。
「そうなったら,君が自分で注文せなあかんくなるなぁ」
「うっ」
「人見知りの君に,いっつもこういうことは全部俺に頼りっきりの君に,それができんのかなぁ」
「……うううー」
彼女は泣きそうな顔でこちらを見つめてくる。
どうしよう。すげぇ可愛い。
「嫌やろ?」
「……うん」
「せやったら,早よ決めて」
「難しいこと言わないでよー!」
途方に暮れ始めた彼女を救ったのは,
「がっはっはっはっ!」
屋台のおやじの豪快な笑い声だった。
「おいねーちゃん!」
いきなり呼ばれてびっくりした彼女は,反射的に僕の後ろに回った。
そんな怖がらんでもええやん。
俺は腕を掴まれる感覚に苦笑いを零した。
屋台のおやじは人見知りの発動した彼女を気にする様子もなく言った。
「そないに肉まんかあんまんかで悩むやつなんて,俺は久しぶりに見たで!」
「は,はぁ……」
「まぁ,悩むのはしゃーないし,年一番を大切にすんのはええことや!」
今度は俺を見る。
「せやからそっちのあんちゃんも,可愛い彼女そんないじめたんなや」
そして,両手に持った湯気の立つそれを差し出してきた。
左手には肉まん。
右手にあんまんが。
「大サービスや!代金は1つ分でええで!」
「ほんま!?」
ああ,とおやじは笑った。
「その代わり,また来てくれや」
「そんなんおやすいご用や!」
良かったな,と振り向くと,彼女ははにかみながら頷いた。
「ありがとうございます」
人見知りはしても,ちゃんとお礼は言えるんやな。
丁寧にお辞儀する姿を見て,俺はそう思った。
「おおきになー!」
「おう!約束守れよ!」
手を振って答えると,おやじも振り返してきた。
隣を見ると,彼女も小さく振っていた。
「おっちゃんが優しゅうて,ほんま良かったなぁ」
「うん。すごくいい人だった」
あんまんも美味しいし。
頬張りながら彼女は言った。
「食べる?」
「いや,俺は,」
あたりに人がいないのを確認して,俺は彼女に顔を近づけた。
唇が触れ合うと,あんこの甘さがほんのり伝わってきた。
「キスの方がええな」
「……してから言わないでよ」
暗がりでも分かるほど頬を赤く染めた彼女。
「食べきれんくなったら言うてな」
「うん」
寒いから手を繋ごうと思ったけど,彼女が食べるのに不便だろうからやめておいた。
よかったら拍手をどうぞ...★
*次はあとがきです